真空ジェシカガクの学歴と経歴|青山学院大卒のインテリ芸人?中学高校の偏差値と出身校

真空ジェシカのツッコミ担当で、金髪メガネがトレードマークのガクさん。
M-1グランプリ決勝常連の実力派ですが、実は高学歴だという噂は本当なのでしょうか?
なんと、ガクさんは見た目のインパクトとは裏腹に、中学から大学まで青山学院に通っていたという意外な経歴の持ち主なんです。
この記事では、ガクさんの出身校や偏差値、学生時代の秘蔵エピソードを詳しく紹介します。
ゆかり知られざるインテリ芸人のルーツを、一緒に見ていきましょう。
ガクさんの実家・家族エピソードはこちらの記事にまとめているので、併せてご覧くださいね。
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真空ジェシカガクの学歴まとめ
真空ジェシカのガクさんは、中学校から大学まで「青山学院」に通い続けた高学歴芸人です。
金髪のマッシュルームカットに眼鏡という独特な風貌ですが、実は偏差値70超えの高校を卒業しているインテリなんですよね。
ガクさんの学歴を一覧にまとめました。
- 出身大学:青山学院大学 経営学部(偏差値60)
- 出身高校:青山学院高等部(偏差値72)
- 出身中学校:青山学院中等部(偏差値64)
- 出身小学校:横浜市立綱島小学校
このように、小学校卒業後は中学受験を経て、大学卒業まで青山学院という「お坊ちゃん育ち」とも言える経歴を持っています。
そんなガクさんの経歴を支えた裕福な実家や家族とのエピソードはこちらの記事に詳しくまとめたので、併せてご覧くださいね。


現在の知的なワードセンスや大喜利力の高さは、学生時代の環境がベースになっているのかもしれません。



それでは、まずはガクさんの少年時代、小学校のエピソードから順に見ていきましょう。
真空ジェシカガクの出身小学校とエピソード
出身小学校:横浜市立綱島小学校の特徴
ガクさんの出身小学校は、神奈川県にある横浜市立綱島小学校です。
地元である横浜市内の公立校に通っていたことがわかっています。
綱島(つなしま)エリアは横浜市港北区に位置し、商店街や温泉施設もある活気のある街なんですよ。
中学校以降は都内の私立へ進学していますが、幼少期は横浜ののびのびとした環境で育ったようですね。



そんな公立小学校に通っていたガクさんですが、高学年になると生活が一変していきます。
慶應を目指して週4日塾に通った中学受験
小学生時代のガクさんは、中学受験のために猛勉強をする教育熱心な家庭で育ちました。
きっかけはお兄さんの影響だったそうです。
ガクさんは塾の「慶應コース」に在籍し、週に4日も通塾。自宅でも毎日3時間の勉強を欠かさなかったといいます。
ガク:塾では慶應コースに入っていました。週に4日塾に通い、家でも毎日3時間は勉強。勉強する以外の選択肢を知らなかったのでとにかく「やるしかない」とただひたすら勉強していましたね。
引用元:アメ塾
遊びたい盛りの小学生にとって、毎日3時間の勉強は相当な努力が必要ですよね。
また、運動は苦手だったそうですが、お兄さんと同じく水泳や空手も習っていたとのことで、まさに文武両道を目指す忙しい少年時代でした。



勉強漬けの日々を送る一方で、当時から少し変わった感性を持っていたようです。
ぬいぐるみを持参?目立ちたがり屋な一面
小学校時代のガクさんは、「少しでも目立ちたい」という思いから奇妙な行動をとっていたことがあります。
なんと、大きな犬のぬいぐるみを学校に持って行き、それを抱きながらみんなが野球をしているのを眺めていた時期があるんだとか。
「運動はできないけど注目は浴びたい!」だから学校に自分くらいの大きな犬のぬいぐるみを持って行って、みんなが野球をやっている校庭の花壇に座ってその大きなぬいぐるみを抱きながら野球を見て不思議ちゃんアピールをしてました。
引用元:アメ塾
「目立ちたいけど、輪に入って遊ぶのは恥ずかしい」という、ねじれた自意識が見え隠れするエピソードですよね。
また、卒業アルバムの将来の夢には「動物好きのお笑いタレント」と書いています。
本当は「お笑い芸人」になりたかったのに、素直にそう書く勇気がなく、少し濁した表現になったそうです。
この頃からすでに、真空ジェシカの芸風に通じる「独特な世界観」や「少し屈折した表現」の片鱗が見えていたのかもしれません。



こうして中学受験に挑んだガクさん。次は進学先の中学校でのエピソードを見ていきましょう。
真空ジェシカガクの出身中学校とエピソード
出身中学校:青山学院中等部の偏差値と特徴
ガクさんの出身中学校は、東京都渋谷区にある私立の青山学院中等部です。
偏差値は64と非常に高く、首都圏でも人気の難関校として知られています。
実はガクさん、第一志望は慶應義塾中等部だったそうですが、残念ながら不合格となり、青山学院へ進学することになりました。
ここから大学卒業までの約10年間、青山学院という都会の洗練された環境で過ごすことになるわけですね。
中学受験での挫折経験は少しほろ苦いものでしたが、結果的にこの進学が、現在のおしゃれでインテリな芸風の土台を作ることになります。



しかし、入学当初のガクさんは、都会の学校になじもうとして大きな失敗をしてしまいます。
クールキャラ失敗で「無口な暗い奴」に
中学校に入学したガクさんは、「渋谷の学校ではクールな奴がモテる」と思い込み、無口なクールキャラを演じ始めました。
ところが、この目論見は完全に外れてしまいます。
周囲からは「ただの無口で暗い奴」と思われてしまい、クラス内での地位(スクールカースト)は底辺になってしまったそうです。
中学に入学するときは、「渋谷ではクールな人がモテる」と思ってクールキャラとしてデビューしたらただの無口な暗い奴だと思われて、底辺グループのいじられ役に。
引用元:アメ塾
結果として、いじられ役のようなポジションに落ち着いてしまったんだとか。
ただ、真空ジェシカの漫才で見せる、相方・川北さんのボケに翻弄されながら嘆くツッコミのスタイルは、この頃の「いじられ役」としての経験が生きているようにも感じますよね。



学校では目立たない存在だったガクさんですが、家ではあることに熱中していました。
ネット大喜利に熱中していた中学時代
部活動には入らず「帰宅部」だったガクさんは、自宅でネットの大喜利サイトに入り浸っていました。
学校生活での鬱憤を晴らすかのように、インターネットの世界でお笑いのセンスを磨いていたんですね。
ガクさんは後に「AUN〜大喜利コンビ王決定戦〜」で5回の優勝を果たすなど、芸人界でも屈指の大喜利強者として知られています。
その圧倒的な回答速度とワードセンスの原点は、誰とも喋らずひたすら大喜利に向き合っていた、この中学時代の孤独な時間にあったのかもしれません。



続いては、そのまま内部進学で進んだ高校時代のエピソードを見ていきましょう。
真空ジェシカガクの出身高校とエピソード
出身高校:青山学院高等部の偏差値と特徴
ガクさんの出身高校は、私立の青山学院高等部です。
中学校からの内部進学ですが、高校からの入学者も含めた偏差値は72とも言われる超難関校です。
青山学院高等部といえば、自由な校風と高い進学実績で知られる名門。
ちなみに、1学年下にはTBSアナウンサーの皆川玲奈さんが在籍していたそうです。
そんな華やかな環境に身を置きながらも、ガクさんは部活動には入らず、中学時代と同様に「帰宅部」を貫いていました。



そんな帰宅部のガクさんですが、ある日テレビで見た映像がきっかけで、将来の夢が定まります。
マヂカルラブリーを見て芸人に憧れる
ガクさんがお笑い芸人を目指す決定的なきっかけとなったのは、「マヂカルラブリー」のネタを見たことでした。
当時テレビで彼らのネタを見て、その独特な世界観と衝撃的な面白さに心を奪われたそうです。
それまでは漠然としていたお笑いへの興味が、「自分も芸人になりたい」という明確な目標に変わった瞬間でした。
真空ジェシカもまた、M-1グランプリなどで独自性の高いネタを披露し続けています。
既存の枠にとらわれないマヂカルラブリーへの憧れは、現在の真空ジェシカの「尖った芸風」にしっかりと受け継がれていると言えるでしょう。



一方、プライベートでは中学時代の「非モテ」から一転、嬉しい出来事がありました。
バイト先で人生初の彼女ができた高校時代
高校時代のガクさんは、アルバイト先のファーストフード店で人生初の彼女ができました。
なんと、バイト仲間の女性から告白されたんだそうです。
中学時代は「無口な暗い奴」として底辺グループにいたガクさんですが、高校生になって環境が変わり、少し垢抜けたのかもしれませんね。
高偏差値の学校に通い、バイトをして彼女もいるという、いわゆる「リア充」に近い高校生活を送っていたようです。
ただ、この「普通に幸せな青春」を経験したことが、逆に相方・川北さんのような「狂気的なボケ」に対する、一般人目線での冷静なツッコミを磨くことになったのかもしれません。



高校卒業後は、そのまま青山学院大学へと進学します。ここでお笑い人生を決定づける出会いが待っていました。
真空ジェシカガクの出身大学・専門学校とエピソード
出身大学:青山学院大学経営学部の偏差値と特徴
ガクさんの最終学歴は、青山学院大学経営学部(偏差値60)卒業です。
高校からそのまま内部進学で、渋谷キャンパスに通っていました。
大学時代のガクさんは、軽音楽サークルと、お笑いサークル「ナショグルお笑い愛好会」を掛け持ちしていました。
「ナショグル」といえば、多くのお笑い芸人を輩出している名門サークルです。
おしゃれな青学生としてのキャンパスライフを送りつつも、ここでお笑いの実力を着実に磨いていたんですね。



サークル活動に励む一方で、ガクさんは将来についてある迷いを抱えていました。
お笑いサークルとYCCに通い芸人の道へ
実はガクさん、当初は芸人ではなく「裏方スタッフ」を志望していました。
そのため、大学2年生の頃には吉本興業の養成所である「YCC(よしもとクリエイティブカレッジ)」の総合コースに通い、大学とのダブルスクール生活を送っていたんです。
しかし、YCCで学ぶうちに心境に変化が訪れます。
裏方の仕事を学ぶ中で、「やっぱり演者(芸人)の方が楽しそうだ」と気づいてしまったのです。
生徒たちで作ったライブが卒業制作的な感じであるんですけど、袖で道具出しをしながら圧倒的に演者の方が楽しそうだなと思って。だから得たものは「演者楽しそう」っていうことだけでしたね。
引用元:ワラパー
もしYCCに行っていなければ、ガクさんは今頃テレビ局のスタッフや構成作家になっていたかもしれません。
この時の「気づき」が、真空ジェシカという漫才師が誕生する重要な分岐点になったわけですね。



こうして芸人への道を意識し始めた大学3年生の冬、ついに運命のコンビ結成を果たします。
就活全滅と川北茂澄とのコンビ結成
2011年1月、ガクさんは大学在学中に慶應義塾大学の川北茂澄さんと「真空ジェシカ」を結成しました。


二人の接点は、なんと「ネット大喜利」のみ。
プライベートな交流は一切なく、「大喜利サイトがあるからやろうぜ」といった事務連絡のみの付き合いだったそうです。
また、ガクさんは芸人活動と並行して就職活動も行っていましたが、結果は全滅。
ちなみに第一志望は「眼鏡屋さん」だったそうですが、残念ながら採用には至りませんでした。
就活に失敗して退路が断たれたことも、プロの芸人として腹を括るきっかけになったのかもしれません。



それでは最後に、真空ジェシカ・ガクさんのこれまでの経歴を振り返ってみましょう。
真空ジェシカガクの経歴について
最後に、真空ジェシカ・ガクさんのこれまでの歩みを年表形式でまとめました。
青山学院大学在学中のコンビ結成から、現在のブレイクに至るまでの主な経歴をご覧ください。
| 年 | 出来事 |
| 1990年 | 神奈川県横浜市にて誕生(本名:川俣 岳) |
| 2011年 | 大学在学中に川北茂澄と「真空ジェシカ」結成 |
| 2012年 | 人力舎にスカウトされプロデビュー |
| 2020年 | 芸名を「ガクカワマタ」から「ガク」に改名 |
| 2020年〜 | 「AUN〜大喜利コンビ王決定戦〜」にて通算5回の優勝 |
| 2021年 | 『M-1グランプリ』初の決勝進出 |
| 2021年〜 | M-1グランプリ4年連続決勝進出(2024年は3位) |
| 2025年 | M-1グランプリ決勝進出 |
ガクさんの経歴で特筆すべきは、やはり『M-1グランプリ』での圧倒的な実績です。
吉本興業以外の事務所に所属しながら、4年連続でストレートに決勝進出するという記録は、過去に例を見ない快挙なんですよね。
また、漫才だけでなく「大喜利」の実力も折り紙付き。
学生時代にネット大喜利で培ったセンスは、プロの世界でも遺憾なく発揮されており、「令和のインテリ芸人」としての地位を確立しています。
高学歴というバックボーンを持ちながら、あえて尖ったお笑いの道を突き進む真空ジェシカ・ガクさん。



これからもその知性と狂気が入り混じった独特のキャラクターで、お笑い界に新たな風を吹き込んでくれることを期待しましょう!


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