ぼる塾あんりの学歴と実家!高校を中退してNSCへ、元暴走族の両親と大家族で育った

「ぼる塾」のあんりさん。
黄色い衣装と、どっしりとした存在感、そして、豪快でまっすぐな発言で、愛されています。
そんなあんりさんは、高校を1年で中退したあと、コンビニのアルバイトを経て、芸人の道に進んだ方です。
ぼる塾のあんりさんは、1994年10月7日生まれ、東京都江戸川区出身の32歳。吉本興業に所属し、東京NSC20期の出身です。元暴走族のお父様と、元レディースのお母様のもと、5人きょうだいの3番目として育ちました。
今回は、あんりさんの出身・学歴・家族・経歴について、吉本興業の公式プロフィール、CHANTO WEB(主婦と生活社)やHugKum(小学館)、FRaU(講談社)の本人インタビュー、デイリースポーツ、FANYマガジン、そして本人のSNSだけをもとに、丁寧に調査しました。
ゆかり高校を中退した経験も、ご自身の言葉で、詳しく語っているんです。その言葉を中心に、お伝えしますね。
- あんりさんの生年月日・身長・出身地などの公式プロフィールと、特技
- 小・中学校は楽しく過ごし、高校1年で中退した経緯
- 元暴走族の父、元レディースの母、大家族で育った環境
- コンビニのアルバイトから、NSC入学、ぼる塾結成までの歩み
- 2026年の最新の活動
| 名前 | あんり |
| 所属 | 吉本興業(ぼる塾) |
| 生年月日 | 1994年10月7日(32歳) |
| 出身地 | 東京都江戸川区(瑞江で育ち、26歳まで実家暮らし) |
| 身長/体重 | 160cm/92kg |
| 趣味 | 読書、料理 |
| 特技 | 料理(和食)、ヤンキー漢字 |
| 養成所 | 東京NSC20期 |
| 学歴 | 高校1年の終わりに退学(高校名は非公表) |
あんりのプロフィール
まずは、吉本興業の公式プロフィールをもとに、あんりさんの基本情報を見ていきましょう。



特技欄に、「ヤンキー漢字」という、気になる項目があるんです。
吉本興業所属、東京NSC20期のぼる塾メンバー
あんりさんは、吉本興業に所属するお笑い芸人で、4人組「ぼる塾」のメンバーです。
公式プロフィールによると、ぼる塾の結成は、2019年12月7日です。
メンバーは、きりやはるかさん、酒寄希望さん、あんりさん、田辺智加さんの4人です。
あんりさんと、きりやさんは、東京NSC20期、酒寄さんと田辺さんは、東京NSC18期です。
生年月日は1994年10月7日、東京都江戸川区出身
公式プロフィールによると、あんりさんの生年月日は、1994年10月7日です。
出身地は、東京都江戸川区で、きりやはるかさんも、同じ江戸川区の出身です。
身長は160cm、体重は92kgと、紹介されています。
2026年10月12日の時点では、32歳です。
趣味は「読書・料理」、特技は「料理(和食)」と「ヤンキー漢字」
公式プロフィールの趣味欄には、「読書」と「料理」と書かれています。
特技欄には、「料理(和食)」と「ヤンキー漢字」と書かれています。
インスタグラムのプロフィール欄には、「幼馴染のはるちゃん 食べ放題仲間の田辺さん 育休中の最終兵器の酒寄さん」と、ぼる塾のメンバーが紹介されています。



プロフィール欄が、メンバーへの愛情にあふれていますよね。
あんりの学歴
あんりさんの学歴について、本人のインタビューで語られた内容を、見ていきましょう。



高校を中退した経験を、あんりさんは、前向きに語っています。順番に見ていきましょう。
小・中学校は、校名が非公表
あんりさんの出身小学校・出身中学校の校名は、公式プロフィールにも、インタビューにも、出ていません。
インターネット上には、特定の学校名を挙げる情報もありますが、公式の情報では確認できないため、この記事では取り上げません。
「あの兄貴の妹」として、楽しく過ごした小・中学校
CHANTO WEBのインタビューで、あんりさんは、小・中学校の頃を、こう振り返っています。
「私は少しヤンチャな兄が2人いて、小・中学生の頃は、その兄の妹ということで周りが自然と話しかけてくれた」。
デイリースポーツによると、あんりさんは、2023年8月に、フジテレビ『内村と相棒』で、「お兄ちゃんたちが先に入ってやんちゃをしてるんで、わたしが入学するころには、自分のことが知られてる」と話しています。
運動会の50メートル走でも、先輩から熱い声援を送られていたそうで、「みんなに守られながら生きてきました」と、振り返っています。
高校に入ると、友達の作り方が分からなくなった
高校に進学すると、あんりさんの環境は、一変しました。
あんりさんは、CHANTO WEBで、「高校生になると誰も私を知らないわけです。イチから人間関係をスタートしないといけないですが、どうやって友達を作っていいのかわからない」と話しています。
「ずっと兄の妹という立場で、誰かが話しかけてくれたり、人が作った関係に乗っかったりすることしかしてこなかったから、自分でどうしたらいいのかわからなかったんです」とも、語っています。
お昼ご飯が、いちばんつらかった
家では、祖父母と両親、兄弟5人の、9人家族でにぎやかに食べていたあんりさんにとって、学校でひとりで食べるお昼は、とてもつらい時間でした。
「ひとりで食べるってこんなにしんどいのか。目線はどこにしたらいいんだろう」と、当時の気持ちを話しています。
「ひとりが好きなわけじゃないのに、学校ではずっとひとりで過ごしていて、どんどん気持ちが引きこもってきて」と、語っています。
1年生の夏休み前、ほとんど行けなくなった
高校1年の夏休み前に、同じ中学だった女の子を、廊下で見つけたとき、あんりさんは、「あ…っ!」と、救われた気持ちになりました。
しかし、その子はすでに新しい友達と一緒にいて、あんりさんは、目をそらされたような気がしたそうです。
「その次の日から学校に行くのがさらに怖くなってしまいました。唯一の光だと思ったものがそうじゃなかった」と、話しています。
電車には乗れても、バスは途中で降りてしまい、やがて部屋から出なくなったといいます。
親に「辞める?」と言われて、1年の終わりに退学
ご両親は日中働いていて、家にいたのは祖父母でした。
祖父母も、ご両親も心配して、「何かされたの?イジメられてるの?」と聞いてくれましたが、あんりさんは、「いや、いじめられてない」と答えたそうです。
「自分でも何がどう嫌なのかわからない。でも、とにかく行けないんだ、苦しいんだ」という状態でした。
ある日、「学校を辞めたい」と言うと、お父様は「そうか」と答え、お母様は「頑張れるなら行ったほうがいいよ」と、最初は止めたそうです。
最後は、お母様が「そんなにツラいなら辞める?」と言ってくれて、高校1年生の終わりに、退学しました。
あんりさんの出身高校の校名は、公式プロフィールにも、インタビューにも、出ていません。



ご自身の弱さも、隠さずに話してくれるあんりさん。その誠実さが、多くの人に響いているんだと思います。
元暴走族の父、元レディースの母と、大家族の実家
あんりさんの実家と、ご家族のことを、本人の発言をもとに、まとめます。



あんりさんは、「ヤンキー一家だけど、アットホーム」と、ご家族を紹介しています。
「ヤンキー一家ではあるんですが、とてもアットホーム」
HugKumのインタビューで、あんりさんは、ご家族について、「我が家はヤンキー一家ではあるんですが、とてもアットホームな家庭なんです」と、話しています。
CHANTO WEBによると、お父様は元暴走族、お母様は元レディースで、お父様は20歳すぎ、お母様は19歳で結婚されています。
5人きょうだいの3番目
SUUMOタウンのインタビューでは、あんりさんは、「5人兄妹の3番目」で、「第3子にして待望の女の子だった」と紹介されています。
デイリースポーツによると、フジテレビ『内村と相棒』の音声ガイダンスでは、「元暴走族である両親の間に、5人きょうだいの4人目として爆誕」と、紹介されたこともあります。
「待望の女の子だったため、父はあんりを姫のように大事に育てた」と、伝えられました。
お兄さんが2人いて、お2人とも、ヤンキーだったと、あんりさんは話しています。
幼い頃にご両親が離婚、お父様が育てた
デイリースポーツによると、あんりさんは、2025年9月26日、鬼越トマホークのYouTubeチャンネルで、ご両親が幼い頃に離婚していたことを、明かしました。
「幼稚園の頃、物心つく前に離婚してた」と、話しています。
ただ、離婚したあとも、ご両親は週末に会っていて、運動会の行事にも、お父様とお母様が一緒に来ていたそうです。
お父様に引き取られたあんりさんは、お兄さん2人と、おじいさま、おばあさまと、一緒に暮らしていました。
「孤独がなかった」と、あんりさんは話しています。
お父様の再婚と、新しい家族
あんりさんが小学生の頃、お父様が再婚しました。
その方は、いまもお父様と結婚していて、お2人の間には、あんりさんの妹も、生まれています。
あんりさんは、「でも、あんりのママはママだから、この人のことは名前で呼べばいい」と、お父様が言ってくれたと、話しています。
ご家族の詳しい事情は、あんりさんご自身が、番組やYouTubeで明かしている範囲だけにとどめます。
お父様はトラック運転手
あんりさんのインスタグラムには、家族旅行の投稿があります。
「軽井沢はレンタカー移動。お父さんが運転してくれたんだけど、予約した車が小さくて、身長182センチのお父さんは身体が凝りまくり」と、書かれています。
お父様は、「トラック運転手」で、「子供の頃に乗ってた家の車も大家族だからワゴン車」だったそうです。
「娘が楽しいとき、お父さんは少し疲れてるかもしれない。それでもいつも喜んでくれるの、愛かよ」と、感謝を綴っています。



愛情たっぷりの文章に、あんりさんの家族への思いが、にじんでいますよね。
地元・江戸川区の瑞江で育った
あんりさんは、江戸川区の瑞江で生まれ育ちました。



SUUMOタウンのインタビューで、地元への愛を、たっぷり語っているんです。
26歳まで、瑞江の実家で暮らした
SUUMOタウンによると、あんりさんは、瑞江で、26歳まで暮らしていました。
「地元にいたときは、街のみんなが家族のようだった」と、あんりさんは話しています。
売れっ子になった今も、少しの隙間時間があれば、実家に帰るほど、地元愛が強いそうです。
新中川の土手と、東部フレンド公園
あんりさんは、思い出の場所として、「新中川の土手」を挙げています。
中高生の頃は、「恋バナをするときは土手に集まる」という決まりが、女子の間にあったそうです。
瑞江駅の近くの「東部フレンド公園」でも、よく遊びました。
きりやさんとコンビを組んで、NSCに通っていたときは、ネタ合わせも、この公園でやっていたそうです。
「兄妹で、回覧板の争奪戦」
あんりさんは、「兄妹間では『誰が回覧板を渡しに行くか』の争奪戦が起きていました」と、話しています。
小さい子どもが回覧板を持っていくと、アイスやお菓子をもらえるからだそうです。
中学生くらいになるともらえなくなって、「自分の潮時を悟り、弟たちに役目を譲りました」と、笑っています。
おじいちゃん・おばあちゃん子
あんりさんは、おじいさま、おばあさまと同居していて、「完全におじいちゃん、おばあちゃん子でしたね」と、話しています。
おじいさまは、飼っていたラブラドール・レトリバーの散歩がてら、東部フレンド公園に、よく連れて行ってくれたそうです。
おばあさまは、瑞江駅前の焼肉屋さんでパートをしていて、あんりさんも、よく連れて行ってもらいました。
「おばあちゃん、おじいちゃんは私をこっそり太らせてくれました」と、笑っています。
小学1・2年生は、きりやさんと同じクラス
あんりさんと、きりやはるかさんは、小学校の1年生と2年生のときに、同じクラスでした。
あんりさんは、「教室ではしゃべらなかったけど、通学路が同じだったので、いつの間にか一緒に帰るようになりました」と、振り返っています。
きりやさんの実家は、「ベランダから名前を呼んだら、返事が聞こえるくらいの近さ」だったそうです。



瑞江の街と、ご家族、そして幼馴染。あんりさんの原点が、ここにあるんですね。
高校中退から、NSCまで
高校を中退したあと、あんりさんは、どんな日々を送ったのでしょうか。



ここからが、あんりさんの、再スタートの物語です。
解放感と、「この先どうしよう」という不安
高校を退学したとき、あんりさんは、「逃げられた。もう学校に行かなくていいんだっていう解放感と、この先どうしようといった漠然とした不安」を、感じたと話しています。
そのとき初めて、きりやさんたちに、「実は学校を辞めて…」と、事後報告のメールを送りました。
「このままじっとしていたら二度と動けないような気がしたし、中学の頃の楽しかった自分に戻りたいと思って、バイトを探し始めた」といいます。
アルバイトの面接に、半年間落ち続けた
あんりさんは、バイトの面接に、ことごとく落ちたそうです。
「高校で友達が作れなかった人ですから、面接しても積極性がないんですよ」と、笑って話しています。
半年くらい続いたあと、ようやくコンビニのバイトが決まりました。
コンビニのバイトで、「同い年の女の子」に救われた
コンビニでは、最初、仕事以外のことでは、誰とも話せなかったそうです。
しかし、3、4か月後に、同い年の女の子が入ってきて、「バイトが終わったら一緒に帰ろう」と、声をかけてくれました。
その子経由で、昼間のパートさんたちとも仲良くなり、パートさんの家が経営するお好み焼き屋さんにも、お邪魔するようになりました。
「彼女のおかげでバイトを4年間続けられたと思います」と、あんりさんは話しています。
「家に籠ることもなく、社会と繋がることができたのはとてもよかった」と、振り返っています。
中学の同級生・きりやはるかさんの誘い
あんりさんと、きりやはるかさんは、小学校の1年生と2年生のときに同じクラスだった、幼馴染です。中学も同じ学校でした。
HugKumによると、きりやさんは、中学に入ってから、あんりさんに、「一緒にお笑い芸人になろう」と誘いました。
あんりさんは、「私は積極的に前に出るタイプではないので、無理だよ」と、断ったそうです。
別々の高校に進学したあと、高校卒業直前の進路を決めるタイミングで、きりやさんは、あんりさんを呼び出して、「で、どうする?」と、再び誘いました。
あんりさんは、「あの時に断ったことがまったく通じてなかったみたいです」と、笑っています。
お父様の「あんりが自分から『これがしたい』と言ったのは初めて」
CHANTO WEBによると、あんりさんは、「友達と一緒にいられるなら」と、芸人を目指すことを決めました。
両親に伝えると、お父様は、「あんりが自分から『これがしたい』と言ったのは初めてだから」と、応援してくれました。
お母様は、反対はしなかったものの、心配していたそうです。
「母のほうが私よりずっと明るくて喋りも上手いので、『あんりが芸人!?』って感じだったと思います」と、あんりさんは話しています。
NSCの入学金は、父が半分出してくれた
HugKumによると、あんりさんは、NSCに入るためのお金を、バイト代で貯めていました。
しかし、卒業までには足りなくて、「父親に半分出してもらって」、NSCに入学しました。
あんりさんは、家族に、「養成所には自分でお金を貯めて入ります」と伝えたそうです。
数日後に、お父様が部屋に来て、20万円の入った封筒を、すっと渡してくれたと、話しています。
「成長する度に、パパがあんりのためにやれることがどんどん減っていくから、ここでは頼ってほしかった」と、お父様に言われたそうです。



お父様の、不器用で温かい愛情が、伝わってきますよね。
NSCから、ぼる塾の結成まで
あんりさんは、NSC東京校20期に入学して、きりやさんと、コンビ「しんぼる」として活動しました。



ぼる塾が生まれた経緯は、あんりさん自身が、FRaUで話しています。
「しんぼる」と、2年先輩の「猫塾」
FRaUのインタビューで、あんりさんは、こう話しています。
「もともと私とはるちゃんが『しんぼる』というコンビで、2年先輩の酒寄さんと田辺さんが『猫塾』というコンビだったんです」。
2018年11月に、あんりさんたちが、先輩の2人に、ツーマンライブを依頼して、そのタイトルが「ぼる塾」でした。
しんぼるの解散の危機
あんりさんは、「ぼる塾のツーマンライブをやる前くらいに、『しんぼる解散の危機』みたいなときがあったんです」と、明かしています。
「私がやっていく自信をなくして、漫才自体も楽しめなくなってしまって」と、話しています。
そんなときに、ぼる塾という形が見つかって、「また漫才が楽しくなった」そうです。
「もし断られたら、しんぼるではできない」
あんりさんは、きりやさんに、「もし田辺さんと酒寄さんに断られたら、私はもう、しんぼるではできない」と、伝えていたそうです。
ご自身の気持ちを、きりやさんに、まっすぐ話せるところが、2人の信頼関係を表しています。
4人でのぼる塾を結成
酒寄さんが、妊娠のため、ライブに出られなくなったあと、あんりさん、きりやさん、田辺さんの3人で、漫才をしたところ、コンビの漫才よりも、ウケたそうです。
2019年のM-1グランプリにも、3人で出場して、3回戦まで進みました。
そして、担当作家さんの「4人でやればいいじゃないか」という言葉で、4人での結成が決まりました。
2019年12月7日に、ぼる塾が、正式に結成されました。
田辺さんの学歴や経歴については、こちらの記事で詳しくまとめています。


田辺さんの実家については、こちらの記事で詳しくまとめています。





4人が出会って、最高のカルテットが生まれた。あんりさんの決断が、ぼる塾の誕生につながったんですね。
2025〜2026年のあんり
あんりさんの最近の活躍も、見てみましょう。



テレビやイベントで、あんりさんの個性が光っています。
OSAKA COMEDY FESTIVALで、ケンコバさんとトーク
2025年9月の「OSAKA COMEDY FESTIVAL 2025」では、「TALK SESSION DUO」に出演しました。
FANYマガジンによると、ケンドーコバヤシさんとの組み合わせで、「かけがえのないもの」をテーマに、トークを展開しました。
あんりさんは、ケンコバさんとは真逆の「愛され話」を披露して、会場を沸かせたそうです。
『見取り図じゃん』で、白熱の水掛け論
2025年10月には、『見取り図じゃん』に出演しました。
FANYマガジンによると、ベッキーさん、加護亜依さんなどと、「好きになった男に貢ぐのは……大いなる愛 or ちょっとだけ悪」というテーマで、ディベートしました。
あんりさんは、「仕事を頑張っていない男を選ぶ理由が分からない」と、持論を展開したそうです。
人生初のダイエット『クリスタルジム』
2026年7月から9月末まで、マヂカルラブリー・野田クリスタルさんがジム長を務める『クリスタルジム』で、「ダイエット四つ巴対決」が行われました。
蛙亭・イワクラさん、紅しょうが・熊元プロレスさん、ぼる塾・田辺智加さん、あんりさんの4人が、対決しました。
あんりさんは、「人生初のダイエット」だと、FANYマガジンに話しています。
「友達たちがグループでやると聞いて『私の人生でダイエットするタイミングは今しかない』と思いました」と、決意を語っています。
「田辺さんの誘惑が最大の敵です」と、笑いを誘っていました。
田辺さんとウォーキング
あんりさんのインスタグラムには、田辺さんと一緒にウォーキングした様子が、投稿されています。
「一緒に歩く時、田辺さんは私の水分補給めっちゃ心配してくれる」と、書かれています。
ぼる塾の公式YouTubeチャンネルにも、2人で歩く動画が、公開されています。
あんりさんは、ジブリパークを訪れた様子も、インスタグラムに投稿しています。
「ジブリパーク行ってきた また行かなきゃ!」と、楽しそうです。



「偉い偉いってお互い褒め合いながら歩く」なんて、仲良しな2人ですよね。
ぼる塾チャンネルでの素顔
ぼる塾の公式YouTubeチャンネルには、「あんりが少女マンガみたいな理想を語ってたら田辺さんにバッサリ斬られた」という動画も、公開されています。
ジョナサンで食べまくる企画も、人気です。
あんりのまとめ
最後に、あんりさんについて、この記事で分かったことをまとめます。
あんりさんは、1994年10月7日生まれ、東京都江戸川区出身で、高校1年の終わりに退学しました。
バイトの面接に落ち続けた日々を乗り越えて、幼馴染のきりやはるかさんと、NSCに入学しました。
元暴走族のお父様、元レディースのお母様のもと、大家族で育ち、お父様は、あんりさんの背中を押してくれました。
高校名や、小・中学校の校名は、公式の情報では確認できないため、記載を控えています。
この記事のポイントをまとめます。
- 1994年10月7日生まれ・東京都江戸川区出身・160cm(吉本公式)
- 特技は「料理(和食)」と「ヤンキー漢字」(吉本公式)
- 小・中学校は「兄の妹」として楽しく過ごし、高校1年の終わりに退学(CHANTO WEB)
- 高校を辞めたあと、バイトの面接に半年落ち続け、コンビニで4年間働いた
- 父は元暴走族でトラック運転手、母は元レディース、5人きょうだいの3番目(SUUMOタウン)
- 幼い頃に両親が離婚、父と祖父母、兄2人と暮らした(デイリースポーツ)
- 幼馴染のきりやはるかに誘われて、NSC東京20期に入学(きりやの定時制高校の卒業と同時)
- NSCの入学金は、父が半分出してくれた(HugKum)
- 2019年12月にぼる塾を結成、2026年は人生初のダイエットに挑戦
- 高校名・小中学校名は公式には未確認
あんりさんの、これからのご活躍を、一緒に応援していきましょう。
高校名など、確かな情報が出てきたら、こちらでお伝えしますね。



つらい時期を乗り越えて、仲間と芸人になったあんりさん。これからも、一緒に応援していきましょう。
参考:
- ぼる塾|吉本興業 公式プロフィール
- 「なんで私だけ…」高校中退したぼる塾・あんり 充実した小・中学から一転「学校に行くのが怖かった」|CHANTO WEB
- 「友達ゼロで高校中退、バイト全落ち」コミュ障だったぼる塾あんり|CHANTO WEB
- 【ぼる塾4人が対談!】私たちがお笑い芸人になったきっかけは…|HugKum
- 【ぼる塾4人対談】お笑い芸人になりたいとカミングアウトしたとき…それぞれの家族の反応は?|HugKum
- 「瑞江は住民みんなが家族のようだった」ぼる塾・あんりが語る江戸川区の近さと温かみ|SUUMOタウン
- ぼる塾結成秘話! 売れないコンビが突然合体し「最高のカルテット」へ|Aneひめ.net(講談社)
- ブレイク中の「ぼる塾」4人が語る…コンビ解散の危機とぼる塾結成秘話|FRaU
- ぼる塾あんり、芸人になるまでイジられ体験ゼロだった|デイリースポーツ
- ぼる塾あんり「ずっと言ってなかったことがある」父は暴走族、母はレディースの家族構成が激変していた|デイリースポーツ
- マヂラブ野田が驚愕!? 「ダイエット四つ巴対決」がクリスタルジムで始動|FANYマガジン
- ケンコバの下ネタ全開にぼる塾あんりが…【OSAKA COMEDY FESTIVAL 2025】|FANYマガジン
- ぼる塾あんり、Aマッソ加納、加護亜依らが白熱の“水掛け論”を展開|FANYマガジン
- ぼる塾 あんり(@f_y_e_b)- Instagram
- ぼる塾チャンネル – YouTube









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