豪快キャプテンべーやんの学歴と経歴|出身は広島市工!大学進学せずNSCへ進んだ理由

2025年のM-1グランプリ決勝進出が決まり、今もっとも勢いのある豪快キャプテンのべーやんさん。
広島弁の鋭いツッコミが魅力ですが、どのような学歴の持ち主なのか気になりますよね。
実は大学へは進学せず、高校卒業と同時にお笑いの道へ進んだ一本気な性格なんです。
ゆかりこの記事では、出身高校である広島市工でのバスケ部時代のエピソードや、これまでの経歴を詳しく紹介していきますね。


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豪快キャプテンべーやんの学歴まとめ
M-1グランプリ決勝進出で注目を集める豪快キャプテンのべーやんさん。
広島弁のツッコミが印象的な彼の学歴を、まずは一覧で確認してみましょう。
- 出身小学校:広島県内の小学校(詳細不明)
- 出身中学校:広島県内の中学校(詳細不明)
- 出身高校:広島市立広島工業高等学校
- 出身大学:進学なし(NSC大阪校へ)
べーやんさんは広島県で生まれ育ち、地元の工業高校を卒業しています。
大学へは進学せず、高校卒業と同時にお笑いの道へ進むために大阪へ移住するという、非常に一本気な経歴の持ち主なのです。



では、具体的なエピソードを小学校時代から順に深掘りしていきましょう。
豪快キャプテンべーやんの出身小学校とエピソード
出身は広島県内の小学校である可能性が高い
べーやんさんの出身小学校については、具体的な校名は公表されていません。
しかし、高校卒業まで広島県の実家で暮らしていたことから、広島県内(特に広島市内)の公立小学校に通っていたことは間違いなさそうです。
後ほど詳しく紹介しますが、出身高校が広島市南区にあることから、その通学圏内である南区やその周辺の小学校出身である可能性が高いと考えられます。
ちなみに、べーやんさんの実家やご家族とのエピソードについてはこちらの記事にまとめましたので、併せてご覧ください。


広島出身の芸人さんは多いですが、べーやんさんもその一人として、幼少期から広島のお笑い文化に触れて育ったのかもしれませんね。



そんなべーやんさんは、いつ頃からお笑い芸人を目指し始めたのでしょうか?
小学校5年生の頃には既に芸人を志していた
べーやんさんが「芸人になりたい」と思い始めたのは、なんと小学校5、6年生の頃でした。
一般的に小学生の夢といえば、プロ野球選手やサッカー選手などが人気ですが、べーやんさんはこの頃からすでにお笑いの世界に憧れていたんですよね。
高学年になると、クラスの人気者が面白いことを言って笑いを取る時期ですが、べーやんさんもそんな少年の一人だったのかもしれません。
この早い時期に抱いた夢を、ぶれることなく大人になるまで持ち続け、実際にM-1決勝まで進んだ意志の強さには驚かされます。



学校生活については、ご家族との心温まるエピソードもありました。
妹と共に仲良く通学していた小学生時代
べーやんさんには妹さんがおり、小学生時代は一緒に仲良く登校していたそうです。
兄弟姉妹がいると、喧嘩をしたり別々に登校したがる時期もあるものですが、べーやんさんは面倒見の良いお兄ちゃんだったようですね。
現在2児のパパとして子煩悩な一面を見せているべーやんさんですが、その優しさは小学生時代から培われていたのでしょう。
妹さんと並んで歩くランドセル姿のべーやんさんを想像すると、なんだか微笑ましい気持ちになります。



続いては、お笑いへの情熱がさらに加速していく中学校時代について見ていきましょう。
豪快キャプテンべーやんの出身中学校とバスケへの情熱
広島県内の中学校出身と推測される理由
べーやんさんの出身中学校についても、具体的な学校名は明らかになっていません。
ただ、高校卒業まで広島の実家で暮らしていたことから、小学校同様、広島市内の中学校に通っていたことは確実です。
中学校は学区制が一般的ですから、後述する「広島市立広島工業高校(南区)」へ通学可能なエリア、おそらく南区内の中学校である可能性が高いでしょう。
地元・広島での生活が、彼の飾らない人柄や、漫才での自然な広島弁のツッコミの基礎を作ったことは間違いありません。



そんな中学時代に、べーやんさんの人生を変える大きな出会いがありました。
中学1年で見たM-1グランプリがお笑いの原点
べーやんさんがお笑い芸人という職業を明確に意識したのは、中学1年生の頃でした。
きっかけは、テレビで見た『M-1グランプリ』。
小学生の頃から漠然と抱いていた「芸人になりたい」という思いが、M-1の熱気やお笑いのプロたちの姿を見て、「絶対になるんだ」という確信に変わったのかもしれません。
まさにそのM-1グランプリで、後に自身が決勝の舞台に立つことになるなんて、当時のべーやん少年は想像して震えていたかもしれませんね。



また、お笑い以外にも熱中していたスポーツがありました。
現在も得意なバスケットボール部に所属していた
べーやんさんは中学時代、バスケットボール部に所属していた可能性が高いです。
現在もお笑い界きってのバスケ好きとして知られ、SNSなどでもその腕前や知識を披露することがありますよね。
チームスポーツであるバスケットボールで培った協調性や、瞬時の判断力は、相方の山下ギャンブルゴリラさんとの漫才の掛け合いにも活きているのではないでしょうか。





続いては、より具体的な情報が判明している高校時代について詳しく見ていきましょう。
豪快キャプテンべーやんの出身高校は広島市立広島工業高校
広島市立広島工業高等学校の偏差値や学科の特徴
べーやんさんの出身高校は、広島県広島市南区にある「広島市立広島工業高等学校」です。
地元では「市工(しこう)」や「広島市工」の愛称で親しまれている、1924年創立の歴史ある伝統校なんですよ。
偏差値は45〜46程度とされており、機械科や自動車科、電気科など、専門的な技術を学べる学科が揃っています。
ちなみに、この学校の卒業生には錚々たる顔ぶれが並んでいます。
- 矢沢永吉さん(ロックミュージシャン)
- 山口良一さん(タレント)
- 松浦悠士さん(競輪選手)
特に矢沢永吉さんの後輩にあたるというのは、なんだか「豪快キャプテン」というコンビ名にも通じるロックな魂を感じさせますね。



高校時代、べーやんさんはどんな生徒だったのでしょうか?貴重な写真エピソードがあります。
バスケ部での活動と当時の「鼻矢印」写真
高校時代もべーやんさんはバスケットボール部に所属し、汗を流していました。
当時の様子がわかるエピソードとして、本人がSNSに投稿した高校時代の写真が話題になったことがあります。
「高校の頃から鼻矢印なんよねぇ~」とコメントしている通り、現在のチャームポイントである鼻の特徴は、高校時代から健在だったようです。
部活に打ち込みながらも、持ち前の愛嬌でクラスを盛り上げる存在だったのかもしれませんね。



そして高校3年生の時、ついにお笑い芸人への第一歩を踏み出そうとします。
高校生でハイスクールマンザイ出場を試みる
高校3年生の時、べーやんさんは「ハイスクールマンザイ」への出場を計画しました。
これは高校生の漫才No.1を決める大会で、多くの芸人がここからキャリアをスタートさせています。
意気揚々と友人を誘ったべーやんさんでしたが、残念ながら「一緒に出てくれる人がいなかった」ため、出場は叶わなかったのです。
高3の時にハイスクールマンザイに出ようと思って友だちを誘ったけど一緒に出てくれる子が誰もおらんくて。
引用元:chFILES
少し切ないエピソードですが、「誰もやってくれないなら、大阪に行って本気でやるしかない」という決意を固めるきっかけになったのかもしれません。



こうして高校卒業後、べーやんさんは大きな決断を下します。次はその進路についてです。
豪快キャプテンべーやんは大学進学せずNSCへ
大学へは進学せず高校卒業後すぐにお笑いの道へ
べーやんさんは大学には進学していません。
実は中学卒業の時点ですでに「NSC(吉本興業の養成所)に行こうか」と迷っていたそうですが、最終的には「高校3年間を過ごしてもまだ芸人になりたかったら行こう」と決めて高校へ進学しました。
そして高校卒業時、その思いは変わるどころかより強固なものになっていました。
ベーやん 僕は小学5、6年の時には芸人になりたいって言ってました。中学卒業してNSCに行こうとしたけど、 高校でもまだ芸人になりたかったらNSCに行こうと思って。高3の時にまだなりたかったから芸人になったという感じですね。
引用元:chFILES
進路に迷うことなく、高校卒業と同時にお笑いの本場・大阪へ向かうことを決意したのです。
この潔い決断力こそが、今の勢いある漫才スタイルの原点なのかもしれません。



こうして、夢を叶えるために地元・広島を離れることになります。
大阪へ引っ越しNSC大阪校36期生として入学
2013年頃、べーやんさんは大阪へ引っ越し、NSC大阪校に36期生として入学しました。
広島から大阪へ出てきた当初は、「芸人になれる!」という興奮の方が大きく、不安は全くなかったと語っています。
若さゆえの勢いと希望に満ち溢れていたのでしょうね。
NSC36期には、現在賞レースで活躍している同期がたくさんいます。
- カベポスター
- ダブルヒガシ
- バッテリィズ
黄金世代とも呼べる同期たちと切磋琢磨する日々が始まりました。



しかし、勢いで飛び出した大阪での生活に、やがて「ある変化」が訪れます。
初めての一人暮らしによるホームシックと同期間の絆
大阪での一人暮らしを始めて半年後、べーやんさんは激しいホームシックにかかりました。
最初は興奮で気づかなかった寂しさが、生活が落ち着くと同時に押し寄せてきたのでしょう。
そんな辛い時期を救ってくれたのが、NSCで出会った同期の仲間たちでした。
気心の知れる友人ができ、彼らと過ごす時間が増えることで、ホームシックは自然と解消されていったといいます。
同じ夢を追いかける仲間の存在は、何よりも心強い支えになったはずです。



それでは最後に、芸人としての歩みと現在までの経歴をまとめて見ていきましょう。
豪快キャプテンべーやんの経歴について
生い立ちからM-1決勝進出までの活動年表
べーやんさんのこれまでの歩みを、時系列で表にまとめました。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1994年 | 広島県広島市にて誕生(本名:河部雄太) |
| 2013年頃 | 広島市立広島工業高校を卒業 NSC大阪校に36期生として入校 |
| NSC時代 | コンビ「シャカ様ゾーン」結成、すぐに解散 |
| 2015年 | コンビ「セントビンセント」結成 |
| 2017年 | 「セントビンセント」解散(相方の引退により) |
| 2019年 | 山下ギャンブルゴリラと「豪快キャプテン」結成 |
| 2020年 | 新人お笑い尼崎大賞で優秀賞を受賞 |
| 2022年 | 一般女性と結婚 M-1グランプリ準々決勝進出 |
| 2022~23年 | 第1子誕生 |
| 2023年 | M-1グランプリ準決勝進出 ytv漫才新人賞決定戦 3位 |
| 2024年 | 第2子誕生 |
| 2025年 | 第60回上方漫才大賞 新人賞受賞 M-1グランプリ2025 決勝進出決定 |



決して平坦ではなかった道のりを経て、今の活躍があることがわかりますね。
コンビ結成から結婚・2児のパパになるまでの道のり
豪快キャプテンは、べーやんさんにとって三度目の正直となるコンビでした。
NSC時代の「シャカ様ゾーン」、そして「セントビンセント」での解散を経験し、2019年に先輩である山下ギャンブルゴリラさんと結成したのが現在のコンビです。
プライベートでは2022年に結婚し、現在は2児のパパとしても奮闘中。
家族が増えるたびに芸人としての成績も右肩上がりになり、2025年、ついに夢のM-1グランプリ決勝の舞台を掴み取りました。
「パパ芸人」としての強さと、広島から持ち続けたお笑いへの情熱を武器に、決勝の舞台でも豪快に暴れ回ってくれることでしょう。



今後のべーやんさんの活躍から、ますます目が離せません!


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