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博多華丸・大吉は福大落研の同期!M-1失格から25年目のTHE MANZAI王者へ

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博多華丸・大吉は福大落研の同期!M-1失格から25年目の王者へ

NHK「あさイチ」のキャスターとして、毎朝おなじみのお笑いコンビ・博多華丸・大吉。

博多弁の穏やかな漫才と、名物の「朝ドラ受け」で、幅広い世代に愛されています。

博多華丸・大吉は、福岡大学の落語研究会で出会った華丸さんと大吉さんのコンビです。1990年に福岡吉本の1期生としてデビューし、結成25年目の2014年に「THE MANZAI」で優勝しました。

ところが、その道のりは決して順調ではありませんでした。

第1回のM-1グランプリでは、準決勝で大ウケしたのに、まさかの「失格」。

デビュー当時は「鶴屋華丸・亀屋大吉」という名前で、「博多」を名乗るようになったのは、事務所のパートの女性の“姓名判断”がきっかけでした。

今回は、博多華丸・大吉の2人の出会いから、福岡時代の苦労、東京進出、THE MANZAI優勝、そして「朝の顔」になるまでを、お笑いナタリー、ORICON NEWS、デイリースポーツなどの記事をもとに徹底的に調査しました。

ゆかり

穏やかな2人からは想像できないくらい、波乱万丈なコンビ史なんです。「運がない」と言われ続けた2人が、どうやって朝の顔になったのか、一緒に見ていきましょう。

この記事を読むと分かること
  • 博多華丸・大吉のメンバーとプロフィール
  • 福岡大学の落語研究会での出会い
  • 福岡吉本の1期生として過ごした地元時代の光と影
  • 第1回M-1グランプリでの「失格」事件
  • 「鶴屋・亀屋」から「博多」への改名と東京進出
  • THE MANZAI 2014の優勝と、「あさイチ」キャスターへの道
コンビ名博多華丸・大吉(はかたはなまる・だいきち)
メンバー博多華丸(ボケ)、博多大吉(ツッコミ)
結成1990年5月(福岡吉本の1期生)
出会い福岡大学の落語研究会(1989年)
所属吉本興業
旧コンビ名鶴屋華丸・亀屋大吉
主な受賞R-1ぐらんぷり2006優勝(華丸)、THE MANZAI 2014優勝
主な番組あさイチ(NHK総合)、華大さんと千鳥くん(カンテレ・フジテレビ系)、華丸・大吉のなんしようと?(テレビ西日本)
目次

博多華丸・大吉のメンバー

まずは、2人のプロフィールから見ていきましょう。

どちらも福岡県で育った、生粋の福岡っ子です。

ゆかり

実は、2人とも本名に「博多」は入っていないんです。

ボケの博多華丸は福岡市早良区出身

ボケ担当の博多華丸さんは、1970年4月8日生まれ、福岡市早良区の出身です。

お笑いナタリーによると、本名は岡崎光輝さんです。

趣味は野球観戦(ソフトバンクホークス)、サウナ、競艇、ランチ探しなどで、特技はものまねです。

2023年のNHK「ファミリーヒストリー」では、母方の曽祖母が博多の郷土芸能「博多にわか」を演じていたことも明らかになりました。

舞台やドラマでも活躍していて、インスタグラムには、博多座が休館日の日に「人生二度目の坊主刈り」にした姿も投稿しています。

土木工事会社を興したお父さんや、週1回の焼鳥屋、遠足のお弁当の思い出など、華丸さんの実家については、こちらの記事で詳しくまとめています。

ツッコミの博多大吉は福岡県古賀市出身

ツッコミ担当の博多大吉さんは、1971年3月10日生まれです。

生まれは神戸市ですが、2歳から福岡県古賀市で育ちました。

本名は吉岡廣憲さんで、芸人仲間からは「大吉先生」と呼ばれています。

お笑いナタリーによると、趣味はプロレスとゲームです。

2008年には「アメトーーク!」(テレビ朝日系)の企画「中学の時イケてないグループに属していた芸人」で放ったフレーズ「焼却炉の魔術師」が、“アメトーーク流行語大賞”を獲得しました。

テレビ好きでほとんど働かなかったお父さんや、パートで家族を支えたお母さんなど、大吉さんの実家については、こちらの記事で詳しくまとめています。

お互いの実家の電話番号を覚えている

2人の仲の良さが分かるのが、実家の電話番号のエピソードです。

WEBザテレビジョンによると、2018年9月の「あさイチ」で公衆電話が特集されたとき、華丸さんは「私、大吉さんの実家の番号は知ってる、覚えてる」とひと言。

大吉さんも「私も。実家はわかる」と返し、視聴者から「仲良すぎか(笑)!」という声が上がりました。

出会ってから30年以上たっても、お互いの実家の番号が頭に入っているなんて、本当に家族のような関係ですよね。

ゆかり

実家の電話番号を覚えている相方って、なかなかいないですよね。次は、そんな2人の出会いの場所、福岡大学の落語研究会のお話です。

福岡大学の落語研究会で出会う

2人が出会ったのは、福岡大学の落語研究会でした。

ゆかり

この出会い、実はかなりの偶然が重なっていたんです。

学部も校舎も違った2人

デイリースポーツによると、大吉さんは1989年に福岡大学に入学し、落語研究会で、同じ新入生だった華丸さんと出会いました。

当時の福岡大学は学生が2万人もいて、2人は学部が違い、校舎も別々でした。

大吉さんは、校舎が違うので、本来ならまず会うことはなかったと振り返っています。

同じ大学でも、サークルがなければすれ違ったままだったかもしれない2人なんです。

大吉は応援団から落研に逃げ込んだ

大吉さんが落語研究会に入った理由も、偶然そのものでした。

入学してすぐ、大吉さんは応援団に捕まり、「とりあえず名前書け」と言われて名前を書いたところ、「入部ね」と言われてしまったそうです。

さすがに大学の応援団はきつい、と思っていたところ、隣にあったのが落語研究会でした。

お笑いにもなんとなく興味があったので、「僕はこっちに行きたいんです」とウソをついて逃げ込んだといいます。

35年間黙っていた「アーチェリー部」の話

2024年5月の「酒のツマミになる話」(フジテレビ系)で、大吉さんは、相方の華丸さんにも言っていなかった秘密を明かしました。

実は応援団の前に、アーチェリー部からも声をかけられていたそうです。

「1年生から始めてたった3年でオリンピック候補になってる先輩がいる。君も4年後オリンピックかもよ」と誘われたといいます。

もしアーチェリー部に入っていたら、博多華丸・大吉は生まれていなかったのかもしれませんね。

1990年、福岡吉本の1期生としてデビュー

落語研究会で出会った翌年の1990年5月、2人はコンビを組み、デビューしました。

お笑いナタリーによると、2人は福岡吉本の1期生です。

デビュー当時のコンビ名は「鶴屋華丸・亀屋大吉」でした。

ゆかり

応援団から逃げて、アーチェリー部も断って、たどり着いた先に相方がいた。運命って本当に不思議ですね。続いては、福岡時代の2人を見ていきます。

福岡時代の栄光と苦しみ

デビューしてすぐに地元の人気者になった2人ですが、福岡時代には苦しい時期もありました。

ゆかり

「漫才はやめろ」と言われた時代があったなんて、驚きです。

デビュー翌年にMC番組、地元の人気者に

デイリースポーツによると、2人はデビューの翌年には、地元のテレビ局でMC番組を持つようになりました。

当時の福岡では、お笑い芸人はまだ貴重な存在で、2人はあっという間に地元の人気者になったそうです。

大吉さんの最初の仕事は、華丸さんが司会をする番組のフロアディレクターだったと、ORICON NEWSのインタビューで明かしています。

地元のローカル番組の司会や、年間100件以上の営業で、2人はトークの腕を磨いていきました。

2代目所長に「漫才はやめろ」

ところが1994年、状況が大きく変わります。

デイリースポーツによると、漫才やお笑いに熱心だった初代の福岡吉本の所長から、2代目の所長に代わると、2人の扱いは下降線になりました。

2代目の所長は「漫才はやめろ」と方針を転換し、若手を集めて「華丸・大吉と遊ぶな。兄さんと呼ぶな」と号令を出したそうです。

そして1997年には、大吉さんが生放送中に「アメリカに留学します」と発表し、1年間休業してしまいます。

大吉さんの休業中、華丸さんはピンで仕事をこなしていました。

「福岡吉本はカードローンをやって一人前」

福岡時代の2人は、お金の面でも苦労していました。

デイリースポーツによると、当時の福岡吉本は、所属芸人のアルバイトが禁止されていたそうです。

それでも2人は、ライブのあとに後輩を集めて食事会を開き、全額おごっていました。

大吉さんは、その支払いを「借金して」まかなっていたと明かしています。

「福岡吉本はカードローンをやって一人前。いっとき、福岡吉本所属芸人の総借金額計算したら4300万(円)」と話し、「ぼくらは返せましたけど」と笑いに変えていました。

第1回M-1グランプリで、まさかの「失格」

2人の「運のなさ」を象徴するのが、第1回のM-1グランプリです。

デイリースポーツによると、当時の出場資格は結成10年以内で、11年目だった2人は出場をあきらめていました。

しかし吉本の社員に「関係ない」「全国で盛り上げるためにもお前らも出ろ」と勧められ、出場を決めます。

すると、とんとん拍子で準決勝まで進出しました。

準決勝では、当日作った時事ネタが「めちゃめちゃ受けた。びっくりするぐらい受けた」そうで、吉本の社員も「決勝に残る可能性が高いから泊まりにせえ」と言うほどでした。

2人は居酒屋で「俺達の人生が大きく変わろうとしている」と話していたそうです。

ところが、さっきの社員が「半笑い」で戻ってきて、「10年目ちゃうやん。11年やってるやん」と、出場資格を満たしていないための失格を告げられました。

華丸さんは「もう終わったと思った。これが最大のチャンスでこれ以上はない。芸能界は運が大事。やっぱり運がないんだなと」と振り返っています。

ゆかり

「11年やってるやん」と半笑いで言われるなんて…! 笑い話にしていますが、当時は本当にショックだったと思います。次は、運命を変えた「改名」のお話です。

「博多」への改名と東京進出

2人の運命が動き出したのは、名前を変えてからでした。

ゆかり

きっかけは、なんと事務所のパートの女性のひと言だったんです。

姓名判断で「鶴屋・亀屋」から「博多」へ

デイリースポーツによると、2人が「鶴屋華丸・亀屋大吉」から「博多華丸・大吉」に改名したのは、2004年のことです。

きっかけは、福岡吉本の事務所でパートとして働いていた女性が、退職するときに「一つだけお願いがあります」と言ってきたことでした。

その女性によると、姓名判断では「『鶴屋』はほぼ0点、『亀屋』はそれ以下」。

さらに「(屋号を)博多に変えて、2年以内に東に向かうと運気が上がる」とアドバイスされたそうです。

2005年、思い出づくりのつもりで上京

お笑いナタリーによると、2人は2005年4月に活動の拠点を東京に移しました。

パートの女性の言葉どおり、改名から2年以内の「東」への移動です。

ORICON NEWSによると、華丸さんは上京当時について、「あの頃はなんか思い出を作ったら福岡に戻ろうと思っていた」と振り返っています。

地元の人気者が、30代半ばで東京に挑戦するのは、大きな決断だったはずです。

2006年、華丸がR-1ぐらんぷりで優勝

東京に出た翌年の2006年2月、華丸さんが「R-1ぐらんぷり」で優勝しました。

上京してから、わずか1年ほどでの快挙です。

姓名判断の「東に向かうと運気が上がる」というアドバイスが、本当に当たったかのような展開ですよね。

大吉は「焼却炉の魔術師」で知名度アップ

一方の大吉さんは、2008年9月の「アメトーーク!」がきっかけで、一気に名前が広まりました。

お笑いナタリーによると、企画「中学の時イケてないグループに属していた芸人」での「焼却炉の魔術師」というフレーズが、“アメトーーク流行語大賞”を獲得しています。

ORICON NEWSによると、中学時代に焼却炉当番として、“燃やせないものはない”ことからついたあだ名だったそうです。

華丸さんのR-1優勝と、大吉さんのアメトーーク。

2人がそれぞれのきっかけで全国に知られるようになり、コンビとしての人気も高まっていきました。

ゆかり

パートの女性のアドバイスどおりに動いたら、本当に運気が上がったなんて、鳥肌ものです。続いては、ついにつかんだコンビ初のタイトルです。

結成25年目、THE MANZAI 2014で優勝

2014年12月14日、2人は「THE MANZAI 2014」で優勝しました。

ゆかり

M-1で「失格」になった2人が、漫才の大会で頂点に立った瞬間です。

10票中9票を集めて、4代目王者に

ORICON NEWSによると、2人は決勝で忘年会をテーマにした漫才を披露し、10票中9票を獲得して、「THE MANZAI 2014」の4代目王者になりました。

大吉さんは「この称号を1年背負えるかな」と恐縮しつつ、結成25年目でつかんだ王座を喜んでいます。

これまでのタイトルは、華丸さんが2006年に「R-1ぐらんぷり」で優勝したのみで、コンビそろっての受賞は初めてでした。

大吉さんは「2人揃って、というのは今までなかった。本音を言えば、なにか1個くらいあるとうれしいなー、とは思ってましたが、そんな機会は二度とないだろうなと思ってた」と、喜びを語っています。

「若手に申し訳ない気持ちが半分」

優勝会見で、大吉さんは「優勝できると思っていなかったので、うれしい気持ち半分と、若手に申し訳ない気持ちが半分」と話しました。

華丸さんは、前日に大阪の劇場で、オール阪神さんに「大人げないんちゃうか?」と言われたことを明かしています。

そして、「『M-1グランプリ』などのコンテストが始まったとき、だいたい僕らは全部、年齢制限があって出場資格がなかった。キャリアの制限がないTHE MANZAIのおかげです」と感謝しました。

M-1で「11年やってるやん」と失格になった2人だからこその言葉ですよね。

ビートたけし「老舗の味を見せた」

大会の最高顧問を務めたビートたけしさんも、2人の漫才を高く評価しています。

ORICON NEWSによると、たけしさんは「ジャンクフードとかはやりの食堂がいっぱい出たときに、老舗の有名な店の味を出されて『恐れ入りました』という感じ」と分析し、「圧勝だった」とたたえました。

博多弁の漫才で「恩返しができた」

華丸さんは、終始博多弁で漫才をして評価されたことで、ふるさと・福岡に恩返しができたと喜んでいました。

芸名にも漫才にも「博多」を背負い続けてきた2人が、その博多弁でつかんだタイトルです。

ゆかり

「若手に申し訳ない」と言えるところが、本当に2人らしいですよね。最後に、「朝の顔」になった今の華大を見ていきましょう。

「あさイチ」の朝の顔へ

THE MANZAIの優勝から3年あまりで、2人はNHKの「朝の顔」になりました。

ゆかり

福岡のローカル芸人だった2人が、全国の朝を担当するなんて、すごいことですよね。

2018年、「あさイチ」の2代目キャスターに

2018年2月、NHKは「あさイチ」の新しいキャスターに、博多華丸・大吉と近江友里恵アナウンサーを起用すると発表しました。

ORICON NEWSによると、華丸さんは「大河は西郷どん、朝は博多、九州色の強い1年になりますが、全国の皆さんに喜んでいただけるように頑張ります。ちぇすとー!」と意気込みを語っています。

大吉さんは「井ノ原さん、有働さん、柳澤(秀夫)さんがつくりあげられた番組の空気感をぼくたちがどこまで引き継げるかわかりませんが、精一杯やらせていただきます」とコメントし、「そのための第一歩として、先日大きな目覚まし時計を買いました」と添えています。

「10年が1日で……」

お笑いナタリーによると、2018年4月2日、キャスターとしての最初の生放送を終えた2人は、囲み取材に応じました。

大吉さんは「これまで酒と仕事、酒と仕事……という感じだった。福岡の土地がそうだったんです」と言いつつ、「さすがに、お酒はちょっと控えています」と話しています。

華丸さんは、福岡で10年間ロケ番組をしていて、街を歩くとその番組名を言ってもらえていたのに、先日は誰一人としてその番組名を出さず「あさイチ観たば~い」と言われたと明かし、「10年が1日で……」と苦笑いしていました。

「言わないことは聞かない」という“おきて”

長くコンビを続ける2人には、ある“おきて”があります。

デイリースポーツによると、2015年、華丸さんの次女がアイドルグループで活動していることが分かったとき、大吉さんは「知らなかった」と告白しました。

2人の間には「言わないことは聞かない」という“おきて”があり、大吉さんは「相方は僕にも言わなかったし、いまだに言わない」と話しています。

お互いの実家の電話番号は覚えているのに、言わないことは聞かない。

ちょうどいい距離感が、35年以上続くコンビの秘訣なのかもしれませんね。

千鳥との「華大さんと千鳥くん」

お笑いナタリーによると、2021年4月からは、千鳥との冠番組「火曜は全力!華大さんと千鳥くん」(カンテレ・フジテレビ系)が始まりました。

2026年6月には、千鳥の地元・岡山への凱旋ロケも放送され、千鳥の母校を訪れています。

大悟さんとノブさんの出会いや結成秘話については、こちらの記事で詳しくまとめています。

地元・福岡のPayPayドームで「華大どんたく」

2024年2月10日には、福岡PayPayドームで、結成33周年を記念したイベント「博多華丸・大吉 presents 華大どんたく」を開きました。

お笑いナタリーによると、地元・福岡と芸能生活を支えてくれたすべての人々への愛を込めた「愛と人脈の総力戦」で、3万4000人以上の観客を動員しています。

今も2人は、劇場で後輩たちのライブにも出演し、若手を温かく見守っています。

華丸さんのインスタグラムには、2人の特番のロケで訪れたハワイの写真も投稿されています。

ゆかり

福岡のドームを、お笑いで3万人以上の人でいっぱいにするなんて、まさに地元の英雄ですよね。

博多華丸・大吉のまとめ

最後に、博多華丸・大吉について、この記事で分かったことをまとめます。

博多華丸・大吉は、福岡大学の落語研究会で出会った華丸さんと大吉さんのコンビです。

1990年に福岡吉本の1期生としてデビューし、M-1での失格、福岡時代の苦労、改名と上京を経て、結成25年目にTHE MANZAIの王者になりました。

この記事のポイントをまとめます。

  • 華丸(本名・岡崎光輝)は福岡市早良区出身のボケ
  • 大吉(本名・吉岡廣憲)は古賀市育ちのツッコミ
  • 1989年、福岡大学の落語研究会で出会う
  • 大吉は応援団から落研に逃げ込んでいた
  • 1990年5月、福岡吉本の1期生としてデビュー
  • 第1回M-1は準決勝で大ウケも、結成11年目で失格
  • 2004年、姓名判断で「鶴屋・亀屋」から「博多」へ
  • 2005年に上京、2006年に華丸がR-1優勝
  • 2014年、結成25年目でTHE MANZAI優勝
  • 2018年から「あさイチ」のキャスター

「運がない」と言い続けてきた2人ですが、その一つひとつの出来事を笑いに変えて、ここまで歩いてきました。

これからも、博多弁のやさしい漫才と、朝のテレビで、全国を明るくしてくれるはずです。

ゆかり

失格も、借金も、休業も、全部笑い話にしてしまう2人。これからも華大の漫才と「朝ドラ受け」を、一緒に楽しみにしていきましょう!

参考:

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