蛙亭イワクラのwiki風プロフィール!本名は岩倉美里・宮崎県小林市出身

キングオブコント2026の決勝進出が発表された、男女コンビ・蛙亭のボケ担当、イワクラさん。
コントのネタを書く脚本家でもあり、独特の感性から生まれる世界観で、多くのファンを惹きつけています。
蛙亭のイワクラさんは、1990年4月10日生まれ、宮崎県小林市の出身。本名は岩倉美里さんで、2021年に今の芸名へ改名しました。
意外なのは、高校を卒業してから2年間アルバイトをして、NSCの入学金を貯めたという遠回りの道のりです。
さらに、ご自身のnoteでは、家族のことや子どもの頃の思い出を、とても素直な言葉で綴っています。
今回は、イワクラさんの本名・出身・実家・家族・学歴・結婚について、吉本興業の公式情報と大会の公式サイト、そして本人の発信だけをもとに、徹底的に調査しました。
ゆかりネガティブなのに、ステージでは誰よりも強気なイワクラさん。その素顔と歩みを、この記事でまるごと知ってくださいね。
- イワクラさんの生年月日・身長・血液型・本名などの基本プロフィール
- 宮崎県小林市での子ども時代と、家族のエピソード
- 高校時代と、卒業後2年間のアルバイト生活
- NSC入学から蛙亭結成、改名までの道のり
- キングオブコント決勝までの歩みと、宮崎への想い
- 結婚や交際について、公表されている情報
同じ蛙亭の中野周平さんについては、こちらの記事で詳しくまとめています。
| 名前 | イワクラ(本名:岩倉美里) |
| コンビ | 蛙亭(かえるてい) |
| 生年月日 | 1990年4月10日 |
| 出身地 | 宮崎県小林市 |
| 身長・体重 | 160cm・55kg |
| 血液型 | AB型 |
| 最終学歴 | 公式の情報では確認できていません(高校卒業後にNSCへ) |
| 所属 | 吉本興業(NSC大阪校34期生) |
| 趣味 | 赤ちゃんの人形と遊ぶこと、カメラ |
| 特技 | 三点倒立 |
イワクラさんの基本プロフィール
まずは、吉本興業の公式プロフィールと、ご本人の発信をもとに、基本情報を見ていきましょう。



趣味の欄に「赤ちゃんの人形と遊ぶこと」と書いてあるのが、イワクラさんらしいんです。順番に見ていきましょう。
生年月日は1990年4月10日、身長160cm・AB型
イワクラさんの生年月日は、1990年4月10日です。
吉本興業の公式プロフィールでは、身長が160cm、体重が55kg、血液型がAB型と紹介されています。
2026年10月時点では、36歳になります。
ご自身のnoteでは、自分の誕生日が「剛くんと同じ」だと書いています。
妹さんの誕生日は1月1日で、「KinKi Kidsファンの方はお気づきでしょう」と、うれしい偶然を楽しそうに紹介しています。
相方の中野周平さんは1990年11月20日生まれなので、2人は同い年のコンビです。
本名は岩倉美里、2021年6月にカタカナ「イワクラ」へ改名
イワクラさんの本名は、岩倉美里さんです。
FANYマガジンの2022年の記事で、改名前の芸名が本名の「岩倉美里」だったことが紹介されています。
蛙亭の公式YouTubeの概要欄にも、名前の横に「(岩倉美里)」と書かれています。
改名したのは2021年6月で、きっかけは、劇場の占いライブで姓名判断をしてもらったことでした。
「岩倉美里」は画数がよくないと言われ、カタカナの「イワクラ」にすると、タモリさんやヒロミさんと同じ画数になると教わって、気に入ったそうです。
趣味は赤ちゃんの人形とカメラ、特技は三点倒立
公式プロフィールの趣味欄には、「赤ちゃんの人形と遊ぶこと」と「カメラ」が並んでいます。
特技は、「三点倒立」です。
noteの最初の投稿では、写真について「大好きな赤ちゃん達」と書かれていて、赤ちゃんの人形が本当にお気に入りだと伝わります。
カメラについては、のちほど紹介する写真展まで開くほどの本格派です。
趣味をそのまま芸風や活動につなげているところも、イワクラさんの魅力ですよね。
InstagramとnoteとYouTube
イワクラさんのInstagram(@babybabybodybaby)は、フォロワーが11万人ほどで、プロフィール欄には「一人称は俺様だ」と書かれています。
プロフィール欄には、noteへのリンクも載せています。
noteは2020年3月から9月にかけて、35本の記事が公開されています。
さらに、宮崎に特化したYouTubeチャンネル「宮崎よかとこチャンネル【蛙亭 イワクラ Official】」も運営しています。
SNSでは「俺様」と名乗りながら、noteでは繊細な思い出も語るギャップが、ファンの心をつかんでいるのかもしれませんね。



「俺様」なのに、文章はやさしくて繊細なんです。次は、育った宮崎の話を見ていきましょう。
宮崎県小林市の実家と家族構成
イワクラさんの故郷は、宮崎県小林市です。



家族のことは、ご本人がnoteでたくさん書いていらっしゃいます。その範囲で、順番に紹介しますね。
出身は宮崎県小林市、2021年に「みやざき大使」へ
吉本興業の公式プロフィールでは、出身地は宮崎県小林市と紹介されています。
2021年11月14日、イワクラさんは宮崎県の「みやざき大使」に就任しました。
FANYマガジンによると、宮崎・アミュプラザみやざきでの委嘱式で、河野俊嗣知事から委嘱状を受け取っています。
会場には、イワクラさんのお母様も来ていて、「小林市から来た方いらっしゃいますか」という呼びかけに手を挙げた一人だった、という微笑ましい場面もありました。
イワクラさんは、「責任重大で、まだ覚悟が決まっていません」と、いつものネガティブぶりを見せつつも、宮崎が大好きだと語っています。
この日は、宮崎弁を全開にして、中野さんを翻弄する漫才も披露しました。
家族で遊んだ思い出の場所
FANYマガジンのインタビューでは、宮崎での思い出も語っています。
子どもの頃は、家族で生駒高原や高千穂牧場によく遊びに行き、生駒高原ではコスモスが咲く広場でお弁当を食べたそうです。
地元・小林市のおすすめには、「のじりこぴあ」を挙げています。
カエルの置物がたくさんあって、フォトスポットになり、遊具のある公園も楽しめる場所だそうです。
蛙亭のコンビ名とも重なっていて、なんだか運命的ですよね。
宮崎のソウルフードには、うどん・そばの「山椒茶屋」の山かけうどんを挙げ、小さい頃から食べている味だと話しています。
実家の場所と家業は公表されていない
イワクラさんの実家の詳しい場所や、ご家族の仕事について、公式な発表は確認できませんでした。
小林市の出身であること以外、番地や地区などは公表されていません。
当サイトでは、ネット上の根拠のない噂は載せず、ご本人が語ったことだけを紹介します。
プライバシーに関わることですから、これ以上は踏み込まないのが、ファンのマナーですよね。
母は男の子のように育てた、高校時代の送り迎えも
家族構成は、ご本人のnoteに、お父様・お母様・妹さん・お祖父様が登場します。
お母様について、noteでは、小さい頃から男の子の服を着せて「男の子みたいに育てよう」としていた、と明かしています。
イワクラさん自身も、小学生になると、自分から男の子っぽい服を好んで着ていたそうです。
また、2020年9月25日のnote「電車」では、お母様がタクシーの運転手をしていて、高校時代に朝起きられない日は、仕事に行く前に車で送ってくれたと綴っています。
noteには、お母様とテレビ電話をしたとき、「ほっぺたをむにーっとしたいね」と言われたという、ほほえましい話も残しています。
離れて暮らしても、仲のいい親子の様子が伝わってきますね。
父と妹のこと
お父様については、noteの思い出の中で、夏に家族で車に乗って出かけた話が登場します。
宮崎県の日向という街にあるお父様の妹さんの家に遊びに行くとき、お父様が運転する車に、イワクラさんと妹さんが乗っていたそうです。
妹さんは、いつもお父様にぴったりくっついて離れない子だった、と書かれています。
妹さんの誕生日が1月1日であることも、noteで明かされています。
お父様の職業や名前、妹さんの名前などは、公式の情報では確認できないため、載せていません。
じいちゃんは「ミー」と呼んで敬語で話しかけた
イワクラさんは、2020年5月29日のnote「じいちゃん」で、お祖父様との思い出を綴っています。
日向の叔母さんの家へ行くと、お祖父様は先に着いてビールを飲んでいたそうです。
お祖父様は、イワクラさんを「ミー」と呼び、小さな孫にも、丁寧な敬語で話しかけてくれたといいます。
暑い日に、手をつないで一緒にアイスを買いに行った記憶は、後ろ姿の映像として今も残っているそうです。
その映像を思い出すと、お祖父様はいつも、とても幸せそうに笑っていた、と書いています。
「私もじいちゃんのことが大好きだよ」というまっすぐな言葉で、noteは結ばれています。
大阪のおばさんが連れて行ってくれた吉本新喜劇
イワクラさんが芸人を目指すきっかけには、大阪に住むおばさんの存在があります。
noteによると、小学生のときに、大阪に住むおばさんに吉本新喜劇へ連れて行ってもらいました。
生で新喜劇と漫才を見て、「人を笑わせてるこの人たちすごい」と感動し、その日から、将来の夢が吉本に入ることになったそうです。
このときの劇場は、FANYマガジンのインタビューによると、なんばグランド花月(NGK)でした。
宮崎は、子どもの頃からお笑い番組が少なかったので、このNGKでの体験が、人生を変えたそうです。
また、noteには、別の親戚のおばちゃんから「人の見た夢の話を聞くのは苦痛やで」と、きつく言われた思い出もあります。
関西のおばさまたちの存在が、イワクラさんの言葉づかいや笑いのセンスを育てたのかもしれませんね。



家族や親戚の温かさが、イワクラさんの原点なんですね。次は、学生時代を見ていきましょう。
学生時代と学歴
ここからは、イワクラさんの学生時代と学歴を紹介します。



学校名はどこかで話してくれているのか、私もずっと探しました。分かった範囲だけ、お伝えしますね。
保育園の頃から「失礼ボケ」をしていた
イワクラさんは、自分のことを「小さい時から変な奴だった」と、noteで振り返っています。
保育園のとき、仲のいい友達に、親が迎えに来たタイミングで「明日からもう来ないでね」と言って、先生に怒られたそうです。
本人としては、さっきまで遊んでいたのに突き放す、という「失礼ボケ」のつもりでした。
でも、その意図は説明できず、謝るしかなかったといいます。
こうした「ボケのつもりがうまく伝わらない」経験は、保育園の頃から何度もあった、と書いています。
幼い頃から、ボケを考えるクセがあったのが分かりますね。
小学生時代は「男勝り」、好きな漫画は『世紀末リーダー伝たけし!』
小学生の頃のイワクラさんは、先生から「男勝り」というあだ名で呼ばれていたそうです。
好きな漫画は、『世紀末リーダー伝たけし!』で、「大事なことは全てこの漫画に教えてもらった」と、noteに書いています。
また、国語の授業で「うんこのカレーはおいしい。」に句読点をつける問題が出た話も、noteにあります。
クラスで一番頭がいい子も間違えた中で、イワクラさんだけが「うん、このカレーはおいしい。」という答えにたどり着いて、正解になったそうです。
授業のあと、その子から「塾に行ってるの?」と聞かれた、というオチまでついています。
この頃から、ものの見方がちょっと変わっていて、そこが笑いの才能につながったのでしょうね。
中学生でNSCを知り、高校卒業後の進路を決める
イワクラさんは、noteの中で、中学生の頃にNSCの存在を知ったと明かしています。
そのときに、「高校を卒業したらNSCに入ろう」と心に決めたそうです。
つまり、芸人になるという道筋は、中学時代にはもう決まっていたことになります。
小学生で吉本に憧れて、中学生でNSCを知り、高校卒業と同時に動き出す、まっすぐな流れですよね。
中学校や高校の名前は、公式の情報では確認できなかったため、載せていません。
高校時代は電車通学、担任には「進学しなさい」と言われた
イワクラさんは、noteで、高校時代のことも書いています。
2020年9月25日の記事「電車」によると、高校には電車で通っていました。
朝の課外授業に間に合うには、朝6時の電車に乗る必要があり、1両の車両に高校生がぎっしり詰め込まれていたそうです。
進路相談では、担任の先生に「進学も就職もせず、アルバイトで入学金を貯めてNSCに入る」と伝えたところ、「芸人にはなれないと思う、進学しなさい」と言われたそうです。
一瞬だけ悩んだものの、ほかにやりたいことがなかったので、その言葉は無視することにしたと明かしています。
「今思えば無視して正解だった」と、noteで振り返っているのが印象的です。
宮崎よかとこチャンネルでは、高校時代に書いていたノートが、動画で初公開されています。
中学・高校時代のプリクラは「意味がわからなかった」
宮崎よかとこチャンネルでは、中学・高校時代のプリクラや手紙を見返す動画もあります。
動画の概要欄には、「激ヤバプリクラ」を見返してみたら意味がわからなかったけれど、そんな時代があったから今がある、と紹介されています。
noteには、NSCに入る前に地元の友達と撮ったプリクラに、「Aクラスに入る!!」と落書きしていた話も出てきます。
実際に、NSCのクラス分けでAクラスに入れたので、願いは叶ったそうです。
地元の友達との思い出が、芸人への一歩を後押ししていたことが分かりますね。
高校卒業後は2年間アルバイトをしてNSCの費用を貯めた
イワクラさんは、高校を卒業してから、すぐにNSCへ入ったわけではありません。
ご自身のnoteでは、「お金を貯めるために2年間バイトをした」と書いています。
noteには、焼肉屋さんと交通整備のアルバイトをして、交通整備の日給は5,000円だった、と記されています。
一方、FANYマガジンでは、地元のご飯屋さん「はいから亭」で働き、時給は当時の宮崎では高めの1,000円ほどだったと語っています。
2年の間に、いくつかの職場を経験したのかもしれませんね。
「芸人になったときの話のタネになるかも」と思って、あえて変わったバイトを選んだものの、「ドリルを置いても余韻で震えながら歩くおじさん」の話しか生まれなかった、と笑い話にしています。
接客は苦手で、毎日声が小さいと怒られていたそうですが、この経験が、コンビ名の「亭」につながっています。



夢のために2年間コツコツ貯金するなんて、本当にすごいです。次は、NSCでの出来事を見ていきましょう。
NSC入学と蛙亭結成
ここでは、NSC入学から、中野さんとの出会い、コンビ結成までを紹介します。



2人の出会いは、ドラマのようなんです。イワクラさん自身のnoteを中心に、見ていきましょう。
21歳でNSC大阪校に入学、女子クラスで「声が小さい」
吉本興業の公式プロフィールでは、イワクラさんの入学年は「2011年 NSC大阪校34期生」と紹介されています。
noteによると、NSCに入ったのは21歳のときでした。
最初は、能力ごとのクラス分けで、女子だけのクラス(1組)に入ったそうです。
初めのうちは、ひとりでコントをしていて、毎回「声が小さすぎて、何を言っているか分からない」という評価をもらっていた、と振り返っています。
コンビを組みたい気持ちはあったものの、女性とだけは組みたくないと思っていたそうです。
自分も女性なので、めんどくささを知っているから、と書いているのが、イワクラさんらしいですよね。
「相方探しの会」で中野周平さんと出会う
6月になると、コンビを組めていない人が集まる「相方探しの会」が開かれました。
イワクラさんは、大喜利のときに思いついたら前に出ていましたが、あまりウケなかったと振り返っています。
「自分は面白くないんだ」と落ち込んで、体育座りで見ているだけになっていたそうです。
ところが、終わったあとに、アシスタントの先輩から、大喜利がとても面白かったと声をかけてもらえました。
そのあと、教室を出ようとしたイワクラさんを呼び止めたのが、中野さんでした。
大喜利が面白かったからと、連絡先の交換を持ちかけられ、互いにネタを見せ合ううちに仲良くなり、8月頃にコンビを組んだそうです。
中野さんも、FANYマガジンの取材で、「いちばん最初に面白いなと思って声をかけた」と振り返っています。
最初のネタは「包丁を持ち込むアイドル」
蛙亭として最初に作ったネタは、noteによると、ラジオのゲストに来た女性アイドルが、包丁を持ち込んで脅す、というコントでした。
イワクラさんは、「誠に残念ながら、すぐに捨てました」と書いています。
そのあと、先生に「漫才のほうが分かりやすい」と言われて、しばらくは漫才ばかりを作っていたそうです。
そして、クラス分けでAクラスに入り、地元の友達と撮ったプリクラの落書きが現実になりました。
この頃から、ネタ作りを担当していたことがうかがえます。
コンビ名「蛙亭」は、申請直前にひらめいた
蛙亭というコンビ名は、イワクラさんが、申請用紙を前にして思いついたものです。
FANYマガジンによると、最初は、2人が好きな言葉を紙に書いて見せ合って、「青レンジャー」に決まりかけていました。
ところが、申請用紙に書こうとしたその瞬間、イワクラさんが「ダッセー」と気づいたそうです。
そこで、中野さんが蛙好きなことと、自分がアルバイトをしていた「はいから亭」を組み合わせて、「蛙亭」を提案しました。
漢字のコンビ名にしたかったことも、理由のひとつだったそうです。
蛙亭の「亭」には、NSCに入るために頑張った日々の気持ちを忘れない、という思いも込められているんですよ。
改名の舞台裏、本当は「人恵」にしたかった
2021年6月の改名では、実は、別の芸名も候補にあがっていました。
FANYマガジンによると、イワクラさんは、もともと「人恵(じんけい)」という芸名にしようと考えていたそうです。
昔から、バイト先のおばちゃんや同期に助けてもらって生きてきたので、「人に恵まれている」という意味を込めたかった、と話しています。
noteの最初の投稿でも、「人恵とは私がいつか付けたい芸名」と書いていて、長く温めていた名前だったことが分かります。
ところが、劇場の支配人から、宗教っぽいから今はやめたほうがいいと言われて、あきらめたそうです。
さらに、中野さんには、「人恵の友」という名前への改名もすすめていたというから驚きです。
結果的に、占いで勧められた「イワクラ」に落ち着きました。



「人恵」には、感謝の気持ちがつまっていたんですね。次は、大阪時代から上京後の歩みを見ていきましょう。
大阪時代から上京、そして賞レースへ
NSCを卒業したあとのイワクラさんは、大阪の劇場で、少しずつ力をつけていきました。



下積みの話は、イワクラさんのnoteに詳しいんです。順番に紹介しますね。
大阪時代の下積みエピソード
イワクラさんは、noteで、大阪時代の思い出を書いています。
2013年5月29日には、派遣のアルバイトで、そうめんに薬味をのせる仕事をしたことが紹介されています。
ベルトコンベアのスピードが速すぎて、麺が大量に落ちてしまい、社長が頭を抱えていた、という笑い話です。
大阪時代には、同期とのルームシェアや、8ヶ月間の一人暮らしも経験しています。
一人暮らしの家は家賃が3万5000円で、お風呂が古くてシャワーのお湯がよく切れた、とも書いています。
ゴキブリが出たときに、「話せばわかってくれる」と頼み込んで、翌日にはいなくなっていた、という不思議な話も残しています。
2020年4月に上京、東京での初仕事はミキさんのラジオ
蛙亭は、2020年4月に、活動の拠点を大阪から東京に移しました。
イワクラさんは、2020年4月のnoteで、東京に来て18日が経ったと報告しています。
東京での最初の仕事は、ミキさんのラジオだったそうです。
始発の新幹線で東京へ向かい、ラジオ局で道に迷って、中野さんに電話しても出てもらえなかった、と書いています。
番組は下ネタが多くて驚いたものの、同期のミキ・亜生さんとのノリが電波に乗ったことを、「こんなに幸せなことはない」と喜んでいます。
上京前には、後輩たちが開いてくれた送別会に、36期以下の後輩11人が集まり、イワクラさんは嬉しくてご飯をたくさん食べて気持ちを伝えた、という心温まる話もありました。
ABCお笑いグランプリで2度の3位
蛙亭は、関西の賞レースで、確かな結果を残してきました。
吉本興業の公式プロフィールによると、2018年の第39回ABCお笑いグランプリで、第3位に入っています。
さらに、2021年の第42回ABCお笑いグランプリでも、第3位でした。
2020年には、第9回ytv漫才新人賞決定戦の本選に選ばれ、Laughter Nightチャンピオン大会でも決勝に進出しています。
ネタを書くイワクラさんの世界観が、少しずつ評価を集めていった時期ですよね。
キングオブコント2021で初の決勝、2023年に2度目
蛙亭は、2021年のキングオブコントで、初めて決勝に進みました。
FANYマガジンのインタビューで、イワクラさんは、「賞レースは『優勝する』と言う人しか勝てないと思っています」と話しています。
決勝に行くことだけが目標だったけれど、それでは勝てないと周りを見て感じて、そこから「なりふり構わず優勝」を目指すようになったそうです。
2021年の成績は、FANYマガジンで第6位と紹介されています。
2023年にも、2回目の決勝に進出しました。
決勝進出者の発表で、7番目まで蛙亭の名前が呼ばれず、イワクラさんは「本当にブチギレそうになった」と明かしています。
このときの決勝では、「寿司ボーイ」のネタを披露しました。
ダブルインパクト2026で3位、KOC2026は3年ぶりの決勝
2026年7月20日、蛙亭は「ダブルインパクト2026」のファイナルに出場しました。
ファーストステージでコント、ファイナルステージで漫才を披露して、938点で第3位でした。
そして、2026年のキングオブコントで、3年ぶり3回目の決勝進出を決めています。
決勝進出者の発表会見で、イワクラさんは、「マジ全員ぶちのめしますわ」と、強い言葉で意気込みを語りました。
さらに、「キングオブコントって最高の大会なんで」と、大会へのリスペクトも口にしています。
MCの山里亮太さんは、「なぜ宮崎は、とろサーモン・久保田さんといい、こういう子を生み出すのか」と、困ったようにつぶやいたそうです。
10月17日の決勝で、イワクラさんの書くコントがどう弾けるのか、楽しみですね。



普段はネガティブなのに、本番では強気になるんですよね。次は、宮崎や写真などの活動を見ていきましょう。
宮崎への愛とカメラ、いろいろな活動
イワクラさんは、お笑い以外にも、宮崎のPRや写真など、多彩な活動をしています。



宮崎への愛が、とても深いんです。どんな活動をしているのか、見ていきましょう。
宮崎よかとこチャンネルで地元の魅力を発信
イワクラさんは、宮崎に特化したYouTubeチャンネル「宮崎よかとこチャンネル【蛙亭 イワクラ Official】」を運営しています。
動画では、宮崎ロケや手作りの高菜おにぎりの企画のほか、同期の宮崎住みます芸人・チキンナンゴーさんと「ひょっとこ踊り」を習う回もあります。
2025年12月からは、スケジュールの合間に弾丸で宮崎へ帰る企画「だんみや」も始まっています。
ほかにも、大阪時代にお世話になったマルセイユ別府さんとの宮崎トーク企画など、地元愛あふれる動画が並びます。
2023年6月には、宮崎の明石酒造さんとのコラボ本格焼酎「けろっと明月」を発売しています。
夢は「東京に宮崎料理の居酒屋を出すこと」
イワクラさんは、2025年2月の動画で、かねてからの夢を明かしました。
それは、東京に宮崎料理の居酒屋を出すことです。
2025年3月の動画の概要欄では、「3年以内に都内にオープンする」宮崎居酒屋プロジェクトと紹介されています。
動画では、ご飯のお供やお湯割りのメニューを、同期の芸人さんたちと試食しながら開発する様子が公開されました。
自分が働いたご飯屋さんの経験も、この夢につながっているのかもしれませんね。
蛙亭のハッピーサマーライブは2026年で5回目
2022年8月13日、蛙亭はイワクラさんの地元・小林市文化会館で、「蛙亭のハッピーサマーライブ」を開催しました。
FANYマガジンによると、1100人収容の会場で、2公演とも完売でした。
ゲストには、とろサーモン、ニューヨーク、ZAZY、ニッポンの社長、ロングコートダディ、マユリカ、空気階段が並びました。
イワクラさんは、「宮崎は小さいときからお笑い番組が少なかったので、そんな地元で大きなライブができたのは、大きな夢が叶った瞬間でした」と語っています。
2026年には、第5回となる「蛙亭のハッピーサマーライブ2026」が、小林市で開催されました。
宮崎よかとこチャンネルには、この会場入りからライブ開始までに密着した楽屋裏の動画も公開されています。
写真展「だいすきなひとたち」を開催
イワクラさんの趣味は、公式プロフィールにも書かれている、カメラです。
2022年11月19日から23日まで、東京・渋谷モディで、写真展「だいすきなひとたち」が開かれました。
FANYマガジンによると、大阪時代から撮りためたフィルム写真、約120点が展示されました。
2023年2月には、大阪のギャラリーでも開催されています。
景色はあまり撮らず、楽屋や打ち上げの様子など、ふだんの皆さんの写真を撮るのが好きだと話しています。
「誰かに見せるために撮ったわけではなかった」というのも、素敵なエピソードですよね。
ラジオ・テレビ・映画でも活躍
イワクラさんは、吉本興業の公式プロフィールによると、ニッポン放送「蛙亭のオールナイトニッポンi」に出演しています。
「蛙亭のオールナイトニッポンi」は、毎週火曜日に配信されているとのことです。
stand.fmでも、「芸人Boom!Boom!蛙亭の語リング★」を毎週金曜日に配信しています。
映画では、2021年の劇場版「ほんとうにあった怖い話 事故物件芸人3」が、代表作として紹介されています。
最近のInstagramでは、「有吉の壁」に出演したことへの感謝や、「コヤソニ」に3年間出演したことを報告しています。
「有吉の壁」については、マネージャーさんから「今一番楽しい仕事は?」と聞かれたときも、「有吉の壁です」と答えたそうです。



テレビでもラジオでも、イワクラさんは自然体なんですよね。最後に、結婚や人柄についてまとめます。
恋愛・結婚と人柄
最後に、イワクラさんの結婚や交際、そして人柄が分かるエピソードを紹介します。



プライベートが気になる方も多いと思います。公式や本人の発信で確認できる範囲だけ、お伝えしますね。
結婚・交際は公表されていない
イワクラさんの結婚については、公式な発表は確認できませんでした。
吉本興業の公式プロフィールにも、ご本人のInstagramのプロフィール欄にも、結婚に関する記載はありません。
ご自身のnoteには、NSC在学中に、当時の彼氏と同棲していたことが書かれています。
ただ、それは2020年に書かれた昔の話で、現在の交際については何も公表されていません。
ネット上には、交際を報じたページもありますが、当サイトの基準を満たす出典では確認できなかったため、載せていません。
ご本人が話す気になったときに、伝わってくるのが一番ですよね。
不幸から逃げれば幸せになれる、という考え方
イワクラさんは、noteで、自分なりの幸せの考え方を綴っています。
高校生の頃に、「幸せになるには、不幸から全力で逃げることだ」という言葉を知って、それ以来、本気で不幸から逃げることを実践してきたそうです。
その結果、今は目の前に幸せしかない、と書いています。
友達から「簡単じゃない」と言われても、自分がこれで幸せになれたからこそ、友達にも幸せになってほしい、という気持ちからのアドバイスでした。
ネガティブと言われることの多いイワクラさんですが、根っこには、前向きな芯があるのが分かります。
優しい人ばかりの芸人の世界
NSCに入った頃を振り返って、イワクラさんは、noteで「NSCに入ってよかった」と書いています。
同期は、一生一緒にいたい仲間で、芸人の世界は、「水が綺麗で澄んでいて、泳ぎやすい」場所だそうです。
「優しい人しかいない」「誰も邪魔してこない」と、感謝をまっすぐに書いているのが印象的です。
2023年のインタビューでは、イワクラさんは、「優勝したらツアーをやりたい、宮崎で大きいお笑いライブをやりたい」と話しています。
人に恵まれていると感じる気持ちが、ハッピーサマーライブなどの活動にも表れているのかもしれませんね。



感謝の気持ちを言葉にできる人って、素敵ですよね。ここまでの内容を、最後にまとめましょう。
まとめ:蛙亭・イワクラは宮崎出身の脚本家コント師
ここまで、イワクラさんのプロフィールと経歴を見てきました。
イワクラさんは、1990年4月10日生まれ、宮崎県小林市出身で、本名は岩倉美里さんです。
高校を卒業してから2年間アルバイトをして、NSCに入り、「相方探しの会」で中野周平さんと出会いました。
2021年に、イワクラへ改名し、蛙亭はキングオブコントで2021年、2023年、2026年と3回の決勝に進んでいます。
学校名や実家の場所、ご家族の名前や職業は、公式の情報では確認できなかったため、記載を控えています。
この記事のポイントをまとめます。
- 1990年4月10日生まれ、宮崎県小林市出身、身長160cm・AB型
- 本名は岩倉美里、2021年6月にカタカナの「イワクラ」へ改名
- 家族は、noteに登場するお父さん・お母さん・妹さん・お祖父様
- 高校卒業後に2年間アルバイトをして、NSC大阪校34期へ入学
- NSCの「相方探しの会」で中野周平さんと出会い、蛙亭を結成
- 蛙亭のコンビ名は、申請直前にイワクラさんがひらめいた
- ABCお笑いグランプリ第3位が2回
- キングオブコントは2021年(第6位)・2023年・2026年に決勝進出
- ダブルインパクト2026は938点で第3位
- 2021年に宮崎県の「みやざき大使」に就任
- 夢は、東京に宮崎料理の居酒屋を出すこと
- 結婚・交際は、公式には確認できない
10月17日の決勝で、イワクラさんの書くコントが、どんな笑いを巻き起こすのか。
学校名など、確かな情報が出てきたら、こちらでお伝えしますね。



感謝を大切にして、夢に向かって一直線のイワクラさん。蛙亭のこれからを、一緒に応援していきましょう。
イワクラさんがコンビ名のセンスを褒めていたニッポンの社長についても、こちらの記事で詳しくまとめています。


2人のコンビとしての歩みについては、こちらの記事で詳しくまとめています。


参考:
- イワクラ|吉本興業 公式プロフィール
- 蛙亭 公式ファンクラブ「ケロケロ☆通信」
- キングオブコント2026 決勝進出者発表(公式サイト)
- キングオブコント2023 決勝進出者発表(公式サイト)
- キングオブコント2021 決勝進出者発表(公式サイト)
- 『キングオブコント』ファイナリスト10組が決定!|FANYマガジン(吉本興業)
- どうしてその芸名を付けたのですか?蛙亭編|FANYマガジン
- 蛙亭イワクラが地元・宮崎県のPR大使に就任!|FANYマガジン
- 蛙亭結成10周年記念!イワクラの故郷、宮崎県小林市で凱旋ライブ開催決定!|FANYマガジン
- 蛙亭中野イラスト展&蛙亭イワクラ写真展 開催決定!|FANYマガジン
- 10周年の蛙亭が「10公約」の⑨NGK単独ライブを実現!|FANYマガジン
- 蛙亭 キングオブコント直前インタビュー(2021)|FANYマガジン
- 蛙亭 キングオブコント直前インタビュー(2023)|FANYマガジン
- 蛙亭単独ライブ『傘になる、』|FANYマガジン
- 『ダブルインパクト2026』今夜生放送!ファイナリスト8組のコメント到着|FANYマガジン
- イワクラ note「私の事」
- イワクラ note「NSC」
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- イワクラ note「電車」
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