かつみさゆりと阪神大震災|さゆりは神戸の実家が被災もパリ旅行で難を逃れた

夫婦漫才でおなじみの、かつみ♥さゆりのお二人。
明るく前向きなキャラクターで愛されていますが、さゆりさんの人生には、忘れられない大きな出来事がありました。
1995年に起きた、阪神・淡路大震災です。
さゆりさんのご実家は、被害の大きかった神戸市長田区。
実は震災当日、さゆりさんはかつみさんとパリを旅行していて、奇跡的に難を逃れていたんです。
今回は、そんなお二人と阪神・淡路大震災の関わりを、公式の報道をもとに丁寧にまとめました。
ゆかり明るいお二人の裏にこんな出来事があったなんて…。知ると、あの笑顔の見え方が少し変わるかもしれません。
- さゆりの実家が神戸市長田区で被災していたこと
- 震災当日、二人はパリを旅行中で難を逃れたこと
- 家族は全員無事だったが、愛猫を亡くしていること
- この出来事が父の結婚承諾につながったこと
さゆりさんの実家や家族については、こちらの記事で詳しくまとめています。


阪神・淡路大震災とさゆりの故郷・神戸市長田区
まずは、さゆりさんの故郷と、震災の背景から見ていきましょう。
さゆりさんは1969年7月15日生まれで、兵庫県神戸市長田区の出身です。
前回の実家記事でも触れたとおり、ご実家は長田区で電気店を営んでいました。



さゆりさんが生まれ育った長田の街。ここが、あの震災でとても大きな被害を受けた場所なんです。
発生は1995年1月17日の早朝
阪神・淡路大震災が発生したのは、1995年(平成7年)1月17日の午前5時46分でした。
淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の大地震で、神戸市を中心に甚大な被害をもたらしました。
まだ多くの人が眠っている早朝の出来事だったことも、被害を大きくした一因とされています。
さゆりの地元・長田区は特に被害が大きかった
さゆりさんの地元である神戸市長田区は、震災の中でも特に被害が大きかった地域として知られています。
古い木造住宅が密集していたことに加え、地震のあとに大規模な火災が発生し、街の広い範囲が焼失しました。
テレビで繰り返し映された、炎に包まれる街並みの映像を覚えている方も多いのではないでしょうか。
そんな場所に、さゆりさんのご実家はありました。



あの日、長田がどれほど大変だったかを思うと、胸が締めつけられますよね。では、さゆりさんご本人はどこにいたのでしょうか。
震災当日、さゆりはかつみとパリを旅行中だった
ここからが、さゆりさんの運命を分けた出来事です。
地元が大きな被害を受けたその日、さゆりさんは日本にいませんでした。
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ここは本当に、運命としか言いようがないんです。順を追ってお話ししますね。
当時、かつみと二人でフランス・パリへ
震災が起きたとき、さゆりさんはかつみさんと二人で、フランス・パリを旅行していました。
このことは、毎日新聞(2023年5月26日)でも紹介されています。
偶然にも日本を離れていたため、さゆりさんは被災を免れたのです。
この旅行は、テレビ番組の企画で当たったものだったとも語られています。
もし旅行の予定がなければ、さゆりさんも神戸で被災していたかもしれません。
パリで震災のニュースを知る
異国の地で、さゆりさんたちは故郷を襲った大地震のニュースを知ることになります。
遠く離れたパリから、大きな被害を受けた神戸を思う気持ちは、どれほど不安だったことでしょう。
家族と連絡がつかない時間の心細さは、想像するだけで胸が痛みます。



助かった安心と、故郷を心配する気持ち。その両方が入り混じった時間だったはずですよね。帰国後に待っていた光景を、次に見ていきます。
実家は倒壊、愛猫を亡くす|それでも家族は無事だった
帰国したさゆりさんを待っていたのは、変わり果てた我が家でした。
つらい現実の一方で、何よりの救いもありました。



ここは悲しいお話も含みますが、大切なところなので丁寧にお伝えしますね。
部屋は完全に潰れ、愛猫を亡くした
毎日新聞(2023年5月26日)によると、さゆりさんの部屋は地震で完全に潰れた状態だったといいます。
そして、さゆりさんは可愛がっていた愛猫を、この震災で亡くしています。
自分の部屋がなくなり、大切な家族であるペットを失う。
もし旅行に出ていなければ自分もそこにいたと思うと、言葉にできない思いだったはずです。
家族は全員無事だった
深い悲しみのなかで、それでも何よりの救いがありました。
さゆりさんのご家族は、全員が無事だったのです。
これは毎日新聞でも報じられている事実です。
住まいや思い出の品は失っても、家族の命が守られたこと。
それが、その後のさゆりさんを支える大きな力になったのではないでしょうか。



家族みんなが無事だったと聞いて、私も心からホッとしました。そしてこの出来事は、お二人の未来にも関わっていくんです。
震災がつないだ縁|父が結婚を承諾したエピソード
この震災の出来事は、かつみさんとさゆりさんの結婚にも深く関わっています。
つらい経験が、二人の縁を結ぶことになったのです。
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悲しい出来事のあとに、こんな展開が待っていたなんて。ここは少し心が温まるお話です。
「娘の命を救ってくれた」と父が感激
さゆりさんが被災を免れたのは、かつみさんとの旅行に出ていたからでした。
そのことを、さゆりさんのお父さんは「かつみが娘の命を救ってくれたも同然」と感激したと伝えられています。
そしてこのことが、二人の結婚を承諾するきっかけになったというエピソードが、毎日新聞(2023年5月26日)で紹介されています。
大切な娘を守ってくれた相手として、かつみさんを認めたのですね。
1996年に結婚、2000年にコンビ結成
お二人が結婚したのは、震災の翌年にあたる1996年3月27日とされています。
結婚から30年の節目を、オリコンやねとらぼなどのメディアも取り上げています。
そして夫婦漫才「かつみ♥さゆり」としてコンビを結成したのは、2000年4月のことでした。
夫婦になってから、舞台の上でもコンビになったという珍しい順番なんです。



つらい経験が二人の絆を強くして、今の夫婦漫才につながっている。そう思うと、あの明るい漫才がより一層あたたかく見えてきますよね。
かつみさゆりと阪神大震災のまとめ
かつみ♥さゆりのお二人と阪神・淡路大震災の関わりを、公式の報道をもとに振り返ってきました。
さゆりさんの故郷・神戸市長田区は大きな被害を受けましたが、さゆりさん自身はかつみさんとの旅行によって難を逃れました。
失ったものの大きさと、家族が無事だった安堵。
その両方を抱えながら、お二人は前へ進んできたのですね。
この記事のポイントをまとめます。
- さゆりは1969年生まれで神戸市長田区の出身
- 長田区は阪神・淡路大震災で特に被害が大きかった地域
- 震災当日、さゆりはかつみとパリを旅行中だった
- 偶然日本を離れていたため被災を免れた
- 帰国すると自室は完全に潰れていた
- 可愛がっていた愛猫を震災で亡くしている
- 家族は全員無事だった
- 父が「娘の命を救ってくれた」と感激し結婚を承諾
- 二人は1996年に結婚、2000年4月にコンビ結成
明るい笑顔の裏側に、こんな出来事があったお二人。
だからこそ、いつも前向きなその姿に、私たちは元気をもらえるのかもしれませんね。



これからも、お二人の温かい夫婦漫才を末永く楽しみにしています。
二人の学歴や、さゆりさんの実家については、こちらの記事で詳しくまとめています。




参考:









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